人に向って、私は聾です。もっと大きな声で話して下さい、叫んで下さい、とは言えたものではない。


ああ、僕にとっては、ほかの人々よりもさらに完全にあるべきひとつの感官、


かつては非常な完全さで僕が持っていた感官、これこそは僕と同じ専門の仕事に従っている、


わずかな少数の人々のみが享受しており、あるいはかつて享有していたぐらいに完璧なものであった


その感官の欠陥を、そう言って人に知らせるなどどうしてできようか。


・・・僕には、人と交わって気晴らしをしたり、精妙な談話を楽しんだり、感情を吐露しあうことは不可能なのだ。


ただどうもやむを得ない必要に迫られた時に人中に出るだけで、流刑人のように生活しなければならない。


なにか人の集まりに近づくときには、わが不具の身を人に覚られるような危険に身をさらすことになるので、


非常な不安に襲われる。


・・・僕の側に立っているものが遠くの横笛を聴いているのに、


それも僕には聞こえないとき、それは何たる屈辱であろう。




                              ベートーヴェン『ハイリゲンシュタットの遺書』