時々、ふと思うのですよ。
女性への「 性犯罪 」と、男子への「 イジメ 」と、この2つは凄く似ているよな、と。
いや、イジメという表現は本当は間違った表現なので使いたくはないのですがね。
あれは閉鎖空間で行われる正真正銘の拷問殺人ですから「 計画的殺人事件 」に他ならない。
だって、相手に自殺をさせる為に計画的に追い込む以上、
「 計画殺人 」と呼んでしまっても差し支えないでしょう?
自殺、という表現自体がそもそも可笑しいのです。
何故なら、この世界に「 自殺 」などという死に方は本来有り得ない事だからです。
絶対に無い、とまでは言いませんけどね。
( ※ イジメという表現についてですが、
犯人側が事件性を隠す為の隠蔽目的で使われる言葉、という理由に加え、
イジメ、という言葉の響きは被害者本人にとって非常に屈辱的な言葉だから、という理由で、
私は余り使いたくはありません。
屈辱的だからこそ、誰にも言えないまま自殺を選ぶ子が多い訳ですからね。
しかし「 イジメ 」ではなく「 集団暴行事件 」という表現ならば屈辱性は大きく下がります。
ですが、単に「 暴行事件 」とだけ書くと何を指しているのか分かりづらくなってしまう為、
このブログでは便宜上「 イジメ 」という表現を使わせて頂きます。
融通がきかなくて申し訳ないが、許してほしい。)
それはそうとして、
第三者が「 自殺だけは駄目だ! 生きていれば良い事だって有るはず!」と言うのを良く見ますが、
その台詞は襲われている側じゃなく、事件を起こしている側に言うべきですね。
自殺をするな、ではなくて、その人を殺すな、と。
そもそもイジメられている側には最初から選択肢なんて一つも無いんですよ。
一つ、分かりやすい例を出してみましょうか。
自殺という死に方を、仮にゲームで例えるならば、
最初にHP100持ってた人が、残酷な他人から残りHP1になるまで追いつめられて、
最後に全ての苦しみから逃げる為、本人自らがHPを0にしたのが自殺ですよね。
普通でしたら、殺人犯の魔の手から逃げたい時って警察に行きますよね?
でも警察は助けてはくれないんですよ。
日本だとイジメは殺人じゃなくて自殺扱いだから、
今にも殺されそうでも警察にとっては「 事件 」じゃないので警察は助けに入らない。
最後のHP1を他人が0にした場合は事件扱いなのに、
そうじゃなくて自分で0にした場合は自己責任。
これだと殺人犯は無罪扱いで終わる。
だったら自殺せずに、相手に殺されるのを待った方が良いと思いますか?
いいえ、残りHP1を他人から0にされる事って究極の恐怖なんですよ。
だって、どんな殺され方をするかなんて相手次第じゃないですか。
実際、HP100からHP1にされる間はこんなにも苦しかった訳だから、
最後の瞬間だって そりゃあ惨めで苦しい殺され方をするだろうなと嫌でも想像出来てしまう。
時々、「 自殺するくらいの勇気が有るなら相手を殺せよ!」という馬鹿な人間もおりますけど、
イジメとは、最初から「 それ 」が出来ない子が狙われるという事を理解するべきです。
そもそも自殺は勇気じゃないし、軍人でさえPTSDで苦しむのに「 殺してしまえ 」って何だよ。
それと第三者は「 転校すれば良い 」と簡単に思うでしょうが、
それってつまり、親にイジメられている事を知られるって事じゃないですか。
だからですよ、イジメの標的にされた子が死ぬまで我慢をするのは。
それに、自殺という選択肢を取らずにいて、ある日急に相手に殺されてしまったら、
死体だってどこに捨てられるか分かりませんよね。
それなら親に見付けてもらえる自殺の方が子供には幸せだと思いますよ。
幸せなんて言葉は使いたくないけどね。
そもそも他人様のHPを100から1にまでしてくるような相手なら、
何時か必ずこちらのHPを0にもしてくる事でしょう。
近い内に必ず殺される事になるのでしたら、
苦しんで殺されるよりも自殺した方が良いに決まっている。
しかも何月の何日に殺されるかは、殺される側じゃなく殺す側が決める事。
ある日、いきなり殺されてしまったら、
その子は御両親に最後の挨拶をする事すら出来ないじゃないですか。
ですが自殺でしたら「 死ぬ場所 」も「 死に方 」も自分で選べるし、
人生最後の「 死ぬ日付 」も自分自身で決められる。
これから死んで行く人にとって、
「 死に方 」と「 殺され方 」では丸で違うのですよ。
それだったら先手を打って自殺するのは合理的とも言える訳で、
これは言い換えれば自殺という名の正当防衛ですよ。
自殺でしたら他殺に比べて苦しみ方も多少はコントロールできるでしょうし、
何よりも、最後に残った僅かなプライドを奪われずに済む。
だから、HP1に追い込まれた人間が逃げ込む場所は警察じゃなくて「 あの世 」になるのです。
そういう意味では自殺って、武士が切腹により名誉を守るのと少しだけ近いのかも知れません。
もちろん、本当は全然違う事だと分かった上で書いておりますけどね。
武士は戦士だから自分の身は自分で守れますが、
イジメの標的にされる子って、自分で自分の命を守れない「 戦えない子 」が狙われる。
それにしても、良く考えると武士の切腹って凄いですよね。
だって、両手両足を自由にした剣の達人に武器を渡して、
「 今から自分で死ぬ事を許す 」と言う訳でしょ?
普通でしたら「 このまま手をこまねいて見ていても どうせ死ぬのだから 」と、
一か八か逃げてやる、と考えると思うのですよ。
麻酔無しで自分の腹を自分で切らなきゃいけないくらいなら普通は逃げる。
料理してて指先を包丁でちょっと切っただけでも「 ああっ! おおうっ!」ってなるのに、
刃物を腹に当てるなんて普通の人間には出来ない事です。
にも拘わらず、逃げ出して当然の状況の中で、
逃げないのが当然、腹を切って当然、という空間が存在している事が凄い。
・・・まあ武士の話は置いといて。
そう言えば、この日本でも時々見掛けますよね?
「 イジメはイジメられる側にも問題が有るのだ 」とかホザく白痴が。
白痴無双ここに極まれり、としか言い様がねえわ。
イジメの責任が被害者に有ると言う発言は、
侵略戦争や、無抵抗な他人に暴力をふるう事を肯定する発言に等しい。
1・他人様を自殺に追い込んだ張本人(=被害者を殺害した犯人)。
2・施設内で殺人事件が発生した事(しようとしている事)を、
警察へ通報せずに隠蔽しようとした学校サイド。
3・犯罪者を逮捕せず放置して、殺人事件を未然に防がなかった警察。
・・・責任をとらなければいけないのは、この三者。
この上記の三者は、いずれも法治国家である日本が定めた法に違反しており、
唯一法を犯していない人物こそがイジメの被害者ただ一人。
ゆえに、イジメられる側の子が引き受けなければならない引責率はゼロ%です。
仮に、の話ですが、
公園のベンチに鞄を置いたまま、数m先の自販機でコーヒーを買った人がいたとしましょうか。
で、その人がコーヒーを買ってベンチに戻ると、
既にベンチの鞄は誰かに持ち去られてしまっていたとします。
それではこの場合、警察に捕まるのは盗まれた被害者ですか?
まあ確かに被害者も不用心だったとは思いますよ。
でも警察に捕まるのはこの人じゃない。
ここは法治国家の日本。
檻に入れられるのは、鞄を持ち去った人物ただ一人。
何故なら、鞄を持ち去るという犯罪を犯したからです。
しかし、それでも白痴は必ずこれを言う。
「 そんな所に鞄を置く奴が悪い。 盗まれて当然だ。」
「 そんな所に鞄を置いたら盗まれても文句は言えないな。」
・・・と。
なるほど。
では、何%かは被害者にも責任が有るという訳だな?
所がな、被害者の責任はゼロなんだよ。
白痴の理屈だと、
ベンチに鞄を置いたままにすれば盗まれても当然という事になるが、
しかし現実には「 盗まれるケース 」と「 盗まれないケース 」の両方が有る。
つまり同じ日本人でも、
「 他人様の物を盗む日本人 」と「 他人様の物を盗まない日本人 」とがいるのだ。
と言う事は、
「 ベンチに鞄を置いたままにする日本人 」と、
「 ベンチに置かれている他人様の物を盗まない日本人 」だけしか日本に居なかった場合、
この日本では何も事件が発生しない事になる。
そして実際に他人の物を盗まない日本人がこの日本には多数存在する以上、
この国に於いては「 鞄を置いておいても盗まれないのが当然 」でも有るという事です。
もう一度同じ事を書くが、ベンチの鞄を盗まないのが当然の日本人が多数存在する限り、
ベンチに鞄を置く日本人の行動は本来であれば「 極めて普通の行動 」として認められる。
話をまとめるとだ、
白痴は「 そんな所に鞄を置いといたら盗まれても当然 」と言うが、
ベンチに鞄を置いといても盗まない人が多数いる以上、
ベンチに鞄を置いておくと盗まれて当然という理屈は「 当然ではない 」という事になるんだよ。
なのに、それでもこの日本で鞄が盗まれたというならば、
その「 当然ではない事 」をした全ての責任は、
ベンチに置かれた他人様の鞄を持ち去るような日本人の側に有る。
だが白痴に小難しい話をしても分かる訳がないので、
あえてモラルに関わる話を全て省いた白痴向けの文章で説明するなら、
「 法治国家の日本では、
違法行為を犯した加害者だけが捕まり、法を遵守する被害者は捕まらない。」
という、ただそれだけの話。
・・・まあ、この話は今回の記事からは外れるのでこの辺で終わりにするか。
さて、ここから話を本題に移します。
これから私が書く事に同意して頂ける方は多いのではないかと考えておりますが、
イジメというのは、男版のレイプ事件と言えるのではないか、と私は思う。
被害を受けた事実を「 被害者側が誰にも話す事が出来ない 」という点が、
女性に対する性犯罪と非常に近いじゃないですか?
犯人に逆恨みされるのが怖い、というのももちろん有りますけども、
それ以上に、事件が発覚する事自体が怖い、という点がです。
事件の発覚って、普通はどう考えても事件を起こした犯人側が恐れるべきじゃないですか?
なのに事件の発覚を恐れているのが被害者側だけ、という点が性犯罪と同じだという事。
では事件を起こした側の犯人は、なぜ事件の発覚を恐れないのか、という話になる訳ですが、
それは世間から見て、彼ら犯人側の体は綺麗なままで、一切汚れていないと見なされるからです。
イジメの話から入りましたが、ここからは話を性犯罪だけに絞ります。
まず性犯罪と呼ばれる種類の犯罪は、
被害に会った女性だけが汚されたと見なされる性質を持っており、
加害者の男性は汚れていない、と見なされる性質を持つ、という事実が有る。
例えばレイプ事件が発生した時って、
世間の人々は被害者の女性を汚れた物として「 下 」に扱い、
加害者である男の事を何故か「 上 」に見ますよね?
これが世間の「 本心 」で有り、
この指摘に対して誰も異論は無いものと思われます。
という事は、事件の発覚というのは汚された側の女性だけが恐れるものであって、
汚した側である犯人は事件の発覚を恐れる必要が無くなってしまう。
この辺は中東の「 名誉の殺人 」と本質が近いかも知れませんね。
たとえ日本人でも一皮むけば中東の価値観と大差ない連中がごろごろ居るって事ですよ。
当然の事ですが、汚された側の女性が「 私は汚されました 」などと名乗り出られる訳が無い。
そんな巨大な勇気など世界中の誰も持ち合わせておりませんよ。
しかし昔の私は甘々野郎だったので、
「 加害者は大事な経歴に傷が付く事を恐れて事件の発覚を怖がるはずだ。」
などと綺麗事を考えておりましたが、その考えは完全な間違いだった事に気が付きました。
偶に痴漢に有った被害者女性に対して、性犯罪者に理解を示す一部の男性達の口から、
「 別に良いじゃないか、減るもんじゃなし。」という発言が飛び出す事が有りますよね?
まあ そうですね、
実際には「 減る 」のでは無くて、「 狂う 」か「 終わる 」のでしょうね、人生が。
性犯罪とは言うなれば、
被害者の心のキャンバスに、絶対に落ちない絵具で強烈な落書をするに等しい行為です。
他人様の心のキャンバスを、二度と絵の描けない状態に追い込む地獄の犯罪という事。
将来の夢に向けて努力してきた年月も、
好きな人に告白できずに一喜一憂してきた日々も、
ある日突然、それら全てが何の予告も無く完全に崩壊する。
性犯罪とは総じて「 そういう物 」だという事です。
仮にレイプ事件が発覚しても、
世間は彼ら性犯罪者の事を怖がりこそすれ、笑ったり見下したりは絶対にしない。
口では何と言おうとね。
世間から見下されるのは、あくまでも被害者側の女性だけ。
だから犯人の男達は実に気持良く町を出歩く事が出来る。
堂々と町を歩けるくらいですからね、安心して自分達の犯行を自慢する事だって出来るでしょう。
犯行がばれるのを恐れるどころか、自分から自慢する犯人が出てくるのが性犯罪の本質なんです。
そして最大のポイントがここです。
犯罪者が自分の犯行を自慢できると言う事は、
今の日本は「 加害者が自分の犯行を公言しても安全な国家 」という事なんです。
この日本、国の歴史こそ誇れども、犯罪史は恥じる事ばかり。
レイプやイジメというものは、
被害者側の人生の選択肢を「 自殺 」一つきりに追い込んでしまう地獄の犯罪です。
だから本当は殺人事件なんですよ。
いや、殺人どころの話じゃないな。
特にレイプ事件の恐ろしい所は、
犯罪者の魔の手から被害者女性が生き残っても、結局は死んでしまう点に有る。
だって、レイプやイジメって、事件が過去形にならないでしょ?
「 この事をばらされたくなかったら 」と生きている限り一生脅される訳だから。
つまり事件そのものが単発で終わる通常の犯罪とは違い、
終わりの存在しない持続型の犯罪なんです。
事件を生き延びたはずの被害者が、事件の発覚を恐れて、自害。
普通の殺人よりもやばい話ですよね、これ。
他の種類の事件でしたら、被害者は警察に行けるのですから、
事件の発覚を恐れるのは必ず加害者の側なんです。
だって性犯罪とイジメだけじゃないですか。
「 この事をばらされたくなければ言う通りにしろ 」という脅迫が成立するのって。
本来ならば犯行を隠さなければいけない側の人物から、
「 俺の行った犯罪行為を他の人間に知らされたくなければ 」と脅されるんですよ?
という事は、
この脅迫が成立している時点で、その国の社会は未熟で不正義だという事じゃないですか。
結局私が何を書きたいかと言うとね、
犯罪とは本来、加害者だけが犯罪の発覚を恐れなければならないもので有る、という事。
事件の発覚を恐れる事は、犯罪者の義務で有るべきだ。
犯罪者の義務とは「 罰を受ける事 」と「 更生する事 」だけでは有りません。
日常生活の中で己の犯罪の発覚を恐れる事も犯罪者の義務なんですよ。
その肝心の犯罪者が負うべき義務を、
一部の犯罪だけ、被害者が肩代わりしている現状が有る。
ですから例えばね、「 レイプ犯は捕まれば必ず死刑 」となると致しましょうか?
これでしたら犯人は震えて生きるしかありませんよね。
え? その法律だと犯人が口封じの為に被害者を殺してしまう?
いいえ、どちらにしろ今のままだと被害者は自殺という形で殺されてるから同じ事です。
だからレイプをした男が一生の間、犯罪の発覚を恐れて生きていく事を余儀なくされる。
そういう法整備を国家が作れよ、とずっと思ってきた。
いや、もっとはっきり言うと、
ただの死刑では駄目で、性犯罪者は必ず凄まじい拷問をしてから死刑にしてくれと。
それなら誰だってびびるだろ。
もしこれに反対する左翼がいるならフェミニストすら失格だよ。
裁判官が刑罰を決める際の判断基準に関して言うと、
刑の重さは、被害者の人生の残り選択肢の数を基準に判断するべきです。
被害者にとって自殺以外の選択肢しか道が無いような犯罪ならば、原則死刑のみ。
・・・え? 死刑は野蛮で残忍?
嫌なら最初から性犯罪を犯さなければ良いんですよ。
凄く簡単な事でしょう?
貧しさのせいで人様の畑の作物を盗んでしまいました、という話をしているんじゃなくて、
私は普通の人間には一生関係のない話をしているのでね。
女性を見ても襲わない。
文明人なら誰もが守れる当たり前のルールについて確認しているだけの事。
このルールに異を唱える人物がいるのであれば、
そいつは自分自身も性犯罪をする側の人間である、と自白しているに等しい。
この世で最も許されない犯罪は、
侵略戦争、テロ、ジェノサイドを始めとする国家犯罪じゃなくて、個人に対する性犯罪だ。
アフリカの恵まれない子供達よりも、
先進国日本での性犯罪の方が遥かに悲惨だと思うが?
※ 私は(男性による)女性に対する全ての犯罪が性犯罪である、と考えています。
それこそコンビニで女性の傘を盗む事も含め、あらゆる犯罪行為の全てがですよ。
たとえ「 スリ 」だろうが「 サギ 」だろうが、
本来であれば守るべき対象の女性に対して犯罪行為を行えてしまう精神ならば、
その男はきっとレイプだって出来るでしょうね。
女性が男性に対して何か犯罪を行う時は「 恐怖心 」がブレーキとなりますが、
男性が女性に対して何か犯罪を行う場合、その時は「 背徳感 」がブレーキとなるはずです。
そのブレーキ自体が機能していない以上、当然レイプだって出来るよな、と思う訳でね。