漢江沿いにある宮山一帯は、植民地時代に軍用飛行場だった金浦空港から3.1キロの位置にある。江西区は「植民地時代に掘られたトンネルで1970年代まできのこ栽培をしていた」という地元住民の証言に基づき、トンネルの位置を推定し、掘削機で発掘作業を行ったところ、今月7日にトンネルの入り口を発見した。宮山付近には、日本軍が活発に掘削作業を行っていたとの話が伝わっている。
トンネルの入り口は違法建築が取り壊された跡の地下3メートルの地点で見つかった。トンネルは入り口から40メートルほど平たんで、左に曲がった後60メートルほど下る構造になっている。中間には両側に5メートルほど掘られた十字型の空間が発見された。
江西区は「トンネルの状況や住民の証言を総合すると、日本が1940年に軍事用に作った掩蔽(えんぺい)壕で、終戦とともに工事が中断されたとみられる」と説明。その上で、漢江と軍用飛行場だった金浦空港を監視する部隊が付近に駐屯し、敵の爆撃に備え、地下を活用したとの見方を示した。江西区はトンネルの安全性を確認した上で、年内に歴史文化探訪コースとして整備する計画だ。ウル市江西区加陽洞でこのほど、日本による植民地統治下で掘られたとみられる謎のトンネルが発見された。トンネルは宮山(海抜70メートル)のふもとにあり、長さ100メートル、高さ2.5メートル、幅2メートルの規模。同区では、1940年代に軍事目的で掘られたものと推定している。
漢江沿いにある宮山一帯は、植民地時代に軍用飛行場だった金浦空港から3.1キロの位置にある。江西区は「植民地時代に掘られたトンネルで1970年代まできのこ栽培をしていた」という地元住民の証言に基づき、トンネルの位置を推定し、掘削機で発掘作業を行ったところ、今月7日にトンネルの入り口を発見した。宮山付近には、日本軍が活発に掘削作業を行っていたとの話が伝わっている。
トンネルの入り口は違法建築が取り壊された跡の地下3メートルの地点で見つかった。トンネルは入り口から40メートルほど平たんで、左に曲がった後60メートルほど下る構造になっている。中間には両側に5メートルほど掘られた十字型の空間が発見された。
江西区は「トンネルの状況や住民の証言を総合すると、日本が1940年に軍事用に作った掩蔽(えんぺい)壕で、終戦とともに工事が中断されたとみられる」と説明。その上で、漢江と軍用飛行場だった金浦空港を監視する部隊が付近に駐屯し、敵の爆撃に備え、地下を活用したとの見方を示した。江西区はトンネルの安全性を確認した上で、年内に歴史文化探訪コースとして整備する計画だ。
