ブログをはじめてもう一か月以上経ってしまいました。
当初、ブログを始めようと思ったきっかけは、私の過去を正直にさらけ出し、自分もスッキリできるかも。そして、同じような境遇の人がもしいたら、一人じゃないよって伝えられるかもって思ってたんです。
が・・・。
躊躇してしまうんですよねぇ、書く事に。
今日は正直に書きますのでよろしくお願いします。
私は、東京の下町に生まれました。
父は定職がなく、自分で仕事を作って(選んで?)毎日出かけるという不思議な人。
母は、もう絵に描いたような「良い人」。
人を悪く言わない。物事を斜めにとらえずに何事も明るく受け止める人。
小学校の頃、よく友達に言われました。
「いぢこのお母さんって、優しくて悪口言わなくてすごい良いお母さんだね」
私もそう思っていました。
いっつも笑顔。
「疲れた」「いやだな」「やりたくないな」
そんな言葉、一切言ったことなかったお母さん。
しかし、私も大きくなります。
そして、色んな事がわかってきます。
そこで気付いてしまった。
母は、「良い人」だからプラス思考なわけではなかった。
ただ単に、「プライドが高いだけ」だった。
「疲れた」「嫌だな」「やりたくないな」
そんな類の感情って、言ってみれば「弱音」であり、「みっともない愚痴」なわけで。
「みっともない」ことから逃げてるだけのただのうわべだけの人間だった。母は。
しかし、幼少期からそんな母が正しいと思って見て育った私は、弱音を吐かないことが最大の美学だと思い込み、学級委員を引き受けてはいつもにこにこし、みんなが「めんどくさぁい!」といって投げ出す放課後の掃除を「楽しいじゃない。私は大好きだけど」とにこにこして最後までこなした。
学校の先生は、そんな私を非常に高く評価した。
そりゃそうだよね。
自分が一番正しいと信じて疑わなかった。
勉強もだいたい出来が良かった。
何をしても評価された。
しかし、中学校の後半に転機があった。
同じクラスのSちゃん。
校則違反の髪型したり、テストはカンニングしたり(笑)、掃除サボったりとちょいちょいワルガキなSちゃん。
しかし、不思議と先生や周りの大人から心底批判されることがないSちゃん。
模範生の私とは全く接点がなかったから、Sちゃんの事はよく知らなかった。
しかし、ワルガキSちゃんが何故に大人から全否定されずにいるのかが分かったような日があった。
同じ学年の、軽度の障害のある友達と一緒に下校していた。
カバン持ってあげてた。
聞き取れない話しかけに、懸命に耳を傾けて会話しようとしてた。
しかし、翌日の教室ではお節介にその子の世話を妬くわけでもなく、むしろそっけない態度。
優等生を気取ってる私や、その他のおりこうさんを演じたがってる子達がこぞってその子の世話を妬く光景を冷めた顔で見てるSちゃん。
またある日は、気分が悪くて教室で吐いてしまったクラスメートの嘔吐物の片付けの手伝いを何食わぬ顔でしてたSちゃん。
臭くて汚いから、なんちゃって優等生の私やその他大勢は他人事。
「大丈夫?保健室いこう」
嘔吐物の処理から逃げて、いい子ぶって保健室に連れて行く役割をGETする私のような人間。
Sちゃんはお構いなしで嘔吐物の片付けをする。
日々のSちゃんを見てて、あ、これってホントに心のある人だ。って勉強した。
学級委員になるようなキャラじゃない。
掃除だってめんどうだったらやんない。
宿題すぐ忘れる。
校則違反して髪染める。
そんなの、私には全否定のダメ中学生だって認識だった。
でも、ひょんなきっかけでSちゃんが私と仲良くしてくれるようになり、分かった。
学校の成績が人間を評価するわけではない。
掃除をまじめにやる事が全てじゃない。
いい子ぶってる事はつまんないことだ。
心を知った。
確かにSちゃんは直さないといけない部分が多すぎた(笑)
けど、いい子ぶって、弱音を吐かないのが美学と思い込んでた私より、Sちゃんには友達が何倍もいる。
初めて、「母はもしかしたらすべて正しいわけではないのかも」と思うきっかけをくれた。
ちなみに、Sちゃんとは20年以上たった今でも大親友の仲です。
