本日、トランスフォーメショナルコーチ®

となりました。

いついかなる時も、

「なぜ私はこの仕事をやろうと思ったのか?」

という、今のこの初心の想いを忘れないように、

また、悩みブレ始め、

バグってしまったとしても、

速やかに戻れるように、

「原点」をここに記し残します。

実は、講座の修了は先週だったので、

とっくに名乗っても良いのですが、

講座最終日にとある出来事があり、

この1週間は、その出来事をきっかけに、

すっかり解毒期間となっておりました。

まあ出ましたw

ドロドロとした闇がw w

おかげで文字通りの意味で

スッキリしましたので、

今日から

トランスフォーメショナルコーチ®を

名乗ります!!!

解毒によって、

ずっと求めていた「自由」の意味も、

半世紀かけてようやく理解できましたが、

それはあくまで副産物であり、

解毒の結果のひとつの成果でしかありません。

結局、私に起きた解毒とは・・・

講座も残すところあと2日となった

8月19日の土曜日。

その日の講座を終え、

脳疲労でフラフラになりながら

宿泊先に辿り着き、

ベッドに飛び込んだ

まさにその時です。

勤め先の上司から、

翌日の8月20日、日曜日の

休日出勤の依頼の電話がありました。

8月20日は、講座の最終日であり、

当然、休みは取得済みです。

そんな私が休日出勤を依頼される理由は

まあ、それは納得のいかない、

全く意味不明な理不尽なものでした。

その時です。

「理不尽」というキーワードから

私の6歳の時のとある記憶が

フラッシュバックしました。

そちらの記憶に

意識が持って行かれた私は、

つい、上司からの問いに

「はい」と応えてしまいました。

遅刻出席になるために、

急ぎ、以下のメッセージを

師に送るのですが、

いつもなら、というか

こんな長々としたメッセージは

絶対に出しません。

今、理性を取り戻した状態で思い返しても、

120%ありえません。

しかし、私は送りました。

それはなぜか?

ーーーーーー以下メッセージーーーーーー

梯谷先生、夜分に恐れ入ります。

シークレット23期受講生高畠です。

本日もありがとうございました。

実は、明日なのですが、

急遽休日出勤の依頼があり

遅れての参加をお許しいただきたく

ご連絡した次第です。

半日の出勤依頼なので

15時から16時頃には

参加できる予定です。

どんなに遅くとも

懇親会は参加いたします。

お手数ですが

ご対応いただけますと幸いです。

大変申し訳ございません。

ここからは所感ですので、

お時間ある時にでも

目を通していただければ幸いです。

事前に休みは取得していたので

上司から電話をもらった時に、

全く理不尽な話しだと感じた時に

6才の時の記憶が鮮明に蘇りました。

当時、隣人との境界線トラブルがあり、

ある日、となりのご婦人が家に苦情を

言いにやってきて

玄関先で対応した母と口論になり、

下駄箱の上の鉢植えを母の頭に

投げつけたという傷害事件が起きました。

もちろん、警察も介入しましたが、

田舎の警察ということもあってか、

民事不介入を通し、

「訴えることもできるが

お子さん(私6歳妹3歳)のことを考えると

事を荒立てない方がいいのでは?」

と私の両親に言う始末で・・・

私の両親は私たち兄妹の身を案じ

引越することを決断しました。

かなり以前にカウンセリングを受け

その記憶にも触れたのですが

母の顔もそのおばさんの顔も

のっぺらぼうで

恐らく消し去りたい記憶なのだろう

とその時は触らずにいたことを思い出します。

今はなぜかはっきりと

母の顔とそのおばさんの顔の表情が見えます。

子どもで何もできなかった無力感は

先ほど上書きできましたが

そのおばさんに何か言っている

大人の今の自分がいます。

そしておばさんの顔は

怒り猛っていると思っていましたが、

悲しい目をしていました。

まるで誰か私を止めて

と言ってるように・・・

そのおばさんに何か言っている

大人の自分がいます。

そして泣き崩れるおばさん。

これ多分シークレットの卒業試験だと

勝手に思っています。

自分がこのおばさんに言っていること。

これが私が世間に対し言いたいことだと感じます。

恐らく私の人生のテーマになるとも思います。

明日、出勤して理不尽さを感じながら

このメタファーをセルフコーチして解きます。

長文乱文失礼いたしました。

ーーーーーーメッセージここまでーーーーーー

実際に、休日出勤しながら考えてみました。

すると・・・

「寄り添う」という言葉が口から出ました。

今までの私の人生には、無かった言葉です

大学中退までの人生は

ただただ自分と向き合い、

営業、管理職、そして起業し

経営者となってからも、

部下やクライアントと、

「向き合う」ことで、

成果をだし続けてきた。

それこそが「私の価値」であると、

そう信じてきました。

そして、遅刻参加した、

講座最終日のワークで

私の中の自己破壊欲求が

働くのですが・・・

詳細は、講座の内容になりますので

申し上げられませんが、

まさに、「これまでの自分」を、

「向き合う」という形で

人と対峙して来た自分を

思いっきり、全力で、

人前で出すことになります。

端的に言ってしまえば

「気合いと根性」

良い評価もいただきましたが、

人と対峙する姿勢には

良い評価は頂けませんでした。

そして、そのワークのフィードバックを

参加者の方々から頂いている途中で

あることを悟ります。

「ああ、俺、こんな自分を

もう終わらせたいんだな」と。

その時の私は、

まさに先のメッセージの

「おばさん」だったわけです。

>そしておばさんの顔は

怒り猛っていると思っていましたが、

悲しい目をしていました。

まるで誰か私を止めて

と言ってるように・・・

そう、そのワークを通して、

私は無意識に、

「誰かこんな私を止めて」と

おばさんの様に

叫んでいたのでしょうね・・・

昭和から平成、

そして平成から令和と、

時代が変わったこともありますが、

「対峙」から「寄り添い」へと

今、様々なシーンで

求められるものが変化していますね。

しかし、講座の終了時の時点では、

まだ観念的な理解しかなく、

なぜ「寄り添う」という言葉が

出て来たのか、

その本当の意味が

わからずにいたかのも事実です。

その後の懇親会の場で、

師から、あるアドバイスをいただきました。

具体的なことは

ここでは割愛しますが、

そのアドバイスにそって、

もう一度、先の6歳の時の記憶に戻り、

大人になった私がいるシーンに

入っていくと・・・

まあ出るわ出るわ、

ドロドロした欲望、嫉妬などなど。

「幸せそうで羨ましかった」

に始まり、

お目汚しになるので割愛しますが、

まあ色々と(苦笑)

つまり、

「人生は理不尽だ!」

と私はこの半世紀ほど、

50年弱もの間、

ずっとそう思って生きてきた様です。

そりゃあ、そういう思い込みがあれば、

それを証明するために、

理不尽な出来事が

次から次へと起こるわなあ・・・と。

自分を理不尽に扱っていることの意味が

やっと理解できた瞬間でした。

これまでの私は、

世間に対してとか

社会に対して、

言いたいこととか特に無い人でした。

いえ、正しく記録しましょう。

無い「フリ」をしていたのでしょうね。

本当は言いたいことがあった。

と、その時です。

さらに声が生まれます。

「助けてください」と。

先のメッセージ内のこのシーンです。

>そのおばさんに何か言っている

大人の自分がいます。

そして泣き崩れるおばさん。

理屈は省略しますが、

ここで言う「おばさん」は、

私の投影になりますので、

おばさん=私 なので、

私自身が「助けて」欲しかったわけです。

それを理解した時、

また、涙が止まらなくなりました。

そして、全てが理解できました。

講座の最終日に、

休日出勤というイベントを起こし、

さらに、6歳の時の記憶まで持ち出してでも、

何とかして、私(私の脳)は

「師」に「助け」を求めるように

仕向けたわけです。

(私の脳)

「もう、本当に講座が終わっちゃうよ。

先生と会えなくなっちゃうよ。

これが本当の自分で生きるための、

人生で最初で最期のチャンスかも

しれないよ」と。

もう私の脳がなりふり構わずに

私を操り始めたのでしょうね。

もちろん、理性では

全くそんなことは考えていませんので、

いわゆる、無意識の行動です。

そして、内なる声はさらに続きます。

「お願いです、聞いてください」と。

そう、

私、聞いて欲しかったんですね。

この、私の「理不尽な人生」を。

だから、師に対して、

上記のような長文を送りつけた。

「聞いてください。」

そして、

「助けてください。」と。

私が本当に望んでいたことは

これだったんだなあって思うと、

また泣いた・・・

泣いて泣いて、

泣き晴らして、

そうか、これが

私がこの仕事をやろうと思った

原点なんだと気づく。

本当はそんな生き方は嫌だから、

止めて欲しいのに、

生きるために作り上げた

偽りの自分で生きていると、

言えなくなってしまう一言。

「助けて」

そして、

「お願いだから、聞いてください」

という心の叫び。

私は、師に、そして周りの方々に

助けていただいた。

ただただ、感謝しかない。

今度は私の番だ。

そう決意できたのが

やっと今日のこと。

この初心を忘れぬように、

ここに記す。

みなさん、

今日、私は

トランスフォーメショナルコーチ®と

なりました。

そして、トランスフォーメショナルコーチ®

ってこういう仕事です。

よくわからなくても結構です。

私の想いが少しでも伝われば幸いです。

私の話を聞いてくれて、

本当にありがとうございます。

今度は、あなたの話を聞かせてくださいね。

トランスフォーメショナルコーチ®

高畠 純一