うたうたいたち -2ページ目


マタイ16:18の考察。





「あなたはペテロ(ギリシャ語、ペトロス、男性名詞)、



この岩塊(ギリシャ語、ペトラ、女性名詞)の上に



わたしは自分の教会(会衆)を建てます」。






助けや洞察の本では、


ペテロとペトラの性が異なるので同義語ではないとして、


別々のものとしている。




しかし、イエスも弟子達もユダヤ人で、


ギリシャ語ではなくヘブライ語を話していた訳で

(教育のない下層階級の彼らにギリシャ語は解らないし

必要でもない)、


ギリシャ語文法の性を持ち出して


別々だと主張してもナンセンス。




マタイはギリシャ語ではなくヘブライ語で書かれたもの。


原典は存在しないが、マタイのヘブライ語訳が参考になる。


①Franz Delitzschのヘブライ語訳新約聖書では、


「あなたはペトロス(ヘブライ語、ケファ、男性名詞)、


この岩(ヘブライ語、ハセラ、男性名詞)の上に教会を建てる」。



②United Bible Society Israelのヘブライ語訳新約聖書では、


「あなたはケファ(同上)である。


この岩(ヘブライ語、ハスォール、男性名詞)


の上に教会を建てる」。



ヘブライ語では、岩はギリシャ語のように女性名詞ではなく、


男性名詞で。


であるから性の違いで、


同義語ではないと唱えることは間違い。




ヘブライ語では、明確で、


ギリシャ語でペテロはヘブライ語でケファであり、


岩塊はハセラ又はハスォールであって、異なる単語。


ヘブライ語では、ペテロと岩塊は別々のもの。




助けの本のペテロの項では、


ケファは、ヨブ30:6やエレミヤ4:29のケフに由来すると


解説しているが、説明不足。



そうだとしても意味が違う。


それらのケフは「穴の開いた岩」、「くぼんだ岩」を意味する。

ケフは、イエスが教会を建てるような


大きく頑丈で上部が平らな岩塊ではなく、


そこらの山の岩に過ぎない。



だから、ヘブライ語訳新約聖書では、


べつの単語を使い大きく頑丈でしっかりした岩塊を意味する


ハセラやハスォールが使われている。


ケフやケファとは関係ない。


ギリシャ語にマタイが訳されたときに、


岩塊がペトラに訳されたことが、


「ペテロ=岩塊」の作り話を生み出した。









マタイ6章34節の「次の日の思い煩い」について




新世界訳の日本語訳では、


「それで,次の日のことを決して思い煩ってはなりません。

次の日には[次の日]の思い煩いがあるのです。

一日の悪いことはその日だけで十分です」


と訳されている。



「次の日には次の日の思い煩いがある」ということは、


「今日も煩い悩み、明日も煩い悩む」という事で、


つまり思い煩いの連鎖の中に私達は生きているという事になってしまう。


ところが、その前の聖句では、


イエスは


「天の父は全てをご存知なので思い煩う必要はありません」


と述べている。


つまり、王国と神の義を第一にするならば、


思い煩いからは解放されているということだ。


明らかにおかしい。


そこで、ギリシャ語本文を調べてみる。



μη(メ、~してはなりません)

ουν(オゥン、それ故に)

μεριμνησητε(メリムネーセテ、思い煩う)

ειδ(エイス、~について)

την(テン、~の事)

αυριον(アウリオン、明日)

, η(ヘ) γαρ(ガル、何故ならば)

αυριον(アウリオン、明日が)

μεριμνησει(思い煩うからです)

εαυτησ(ヘアウテス、それ自身で).

αρκετον(アルケトン、それで十分です)

τη(テ、その) ημερα(ヘーメラ、日)

η(ヘ、その) κακια(カキア、悪い事)

αυτησ(アウテス、その).



日本語文章として連ねると、


「それ故に、明日の事について

決して思い煩ってはなりません。

何故ならば、明日の事は明日自身が自ら思い煩うからです。

一日の悪い事はその日だけで十分です」


となる。



全く意味が違う。



私達自身が明日の事を思い煩うのではなくて、



「明日自身」が思い煩うのだ。



つまり、私達は天の父によって


思い煩いからは解放されているのである。


ちなみに、新世界訳のオリジナルの英語版では、


"So, never be anxious about the next day,

for the next day will have its own anxieties.

Sufficient for each day is its own badness"


となっており、


「明日は明日自身が思い煩うのです」と、


ギリシャ語本文通りに訳されている。




新世界訳の日本語版はお粗末きわまりない。


意味合いが全く違ってくる。



「明日は、明日自身が勝手に思い煩ってくれる」のだ。


明日の事はほっておこう。


神の王国と義を第一にする私達には関係はない。


神を持たぬ人は逃げようとするが


思い煩いから逃れられない。



が、私たちはエホバにお任せなのだ。


神が 良いように取り計らってくださる。












とうとう北の王は


激怒した



南の王(米国とEU)は


ウクライナをけしかけ思わぬ展開に。



クリミアは分離独立してロシア編入。




南の王は無意味な「経済制裁」に走るも



北の王ロシアに足元を読まれてバラバラ。



核超軍事大国ロシアという虎の尾を踏んだ馬鹿な南の王は

とんだ誤算。




激怒した北の王は、大国中国と連合し、



強大な北の複合勢力となり、




南の王と一発触発の危機。





ダニエルの予言通り。




ウクライナとクリミアに起きている事件から、



ダニエルの予言が明らかになった





北の王陣営は、ロシア、中国、イラン。




対する南の王陣営は、米国とEU。




新冷戦・代理戦争が始まる。





終わりは直ぐにやってくる。











集会覚え書き


パンと杯(葡萄酒)の訳し方



 (2013年12月15日塔第4記事)

主の晩餐が近づいた今、


パンと葡萄酒の意味を正しく理解する為に、


コリント第一11:23-25を考察する。



①パンについて:NWT11:24では、


「これはあなた方のためのわたしの体を表しています」と


象徴表現として訳されているが、他の殆ど全ての翻訳では、


「これはあなた方のための私の体です」となっている。


パンそのものがイエスの体となっている。


従って、パンを裂いて配る事は


弟子達の目の前のイエスの体を切り裂いて分けるという


とんでもない誤解を招く翻訳になっており、


正しい理解を妨げている。


その箇所はギリシャ語本文では、次のようになっている。


”τουτο μου εστιν το σωμα”



τουτο(トウト、これは) μου(モン、私の)


εστιν(エスティン) το σωμα(ソーマ、体)。



εστιν(エスティン)をどう訳すかが重要となる。



殆どの聖書では、"is"(である)であるが、


NWTでは、"means" (表す、意味する)と訳している。


意訳で、NWTがそう訳しているのではない。


New American Standard 聖書では、


その箇所は"is"と訳しているものの、


11箇所では"mean,means, meant"を用いているのである。


ギリシャ語・動詞のεστιν(エスティン)の語源は、


動詞ειμι(エイミー)であって、


「である、存在する、体現する、表す、代表する、意味する」


などの意味を有しているから、


"means"(表す、意味する)と本来は訳されるべきものである。




②について:NWT11:25では、


「この杯はわたしの血による新しい契約を表しています」と、


①同様に象徴表現として約されているが、


他の殆ど全ての翻訳では、


「この杯はわたしの血による新しい契約です」となっている。


キリスト教世界では、


仰々しい(聖)杯が使われていることからも分かるように、


新しい契約はに関係するのは、杯なのか、


その中身の葡萄酒なのか、あるいはイエスの血を飲むのか、


混乱をもたらしている。


その箇所はギリシャ語本文では、次のようになっている。


”τουτο το ποτηριον η καινη διαθηκη εστιν”

τουτο(トウト、この)


το ποτηριον(ト・ポテーリオン、杯)


η καινη(エ・カイネー、新しい)


διαθηκη(ディアセーケー、契約)


εστιν(エスティン)。



①と同様に、εστιν(エスティン)の訳し方が重要である。



①での議論から明白なように、


これも「表す」と訳されるべきものである。




このような理解により、象徴関係が明瞭となり、


パンと杯(葡萄酒)に関する正しい理解を得る頃が出来る。








Sweet dreams are made of this
Who am I to disagree?
Travel the world and the seven seas
Everybody's looking for something

Some of them want to use you
Some of them want to get used by you
Some of them want to abuse you
Some of them want to be abused


I wanna use you and abuse you
I wanna know what's inside you
Movin' on
Hold your head up
Movin' on
Keep your head up
Movin' on!


I'm gonna use you and abuse you
I'm gonna know what's inside
Gonna use you and abuse you
I'm gonna know what's inside you









天才の 円熟期の10年を奪い、



生み出されて



あらゆる世界を変えてゆくはずだった発明の数々を




闇に葬らせた



おまえたちの 大罪を




わたしは




許さない












集会覚え書き




聖書通読。 創世記30:31-31:12




メンデルの遺伝法則を引き出す。



メンデルが画期的な遺伝法則を発見したのは1865年。



ヤコブの夢でのブチやまだら模様の羊と山羊の


増加の解き明かしが示す異種交配の遺伝は西暦前17世紀。



実に、メンデルに遡ること3500年に、


聖書は遺伝について言及。



因みにメンデルは修道院の司祭で科学を独学。



メンデルの修道院は哲学者、数学者、鉱物学者、


植物学者を擁し学術研究や教育を行っていた。



メンデルは間違いなく、


創世記30、31章からヒントを得ていたはず。








2012-10-31 00:50:29









1984年 世界初のニューラル・コンピューター。




コードネーム  "YOSH"





28年以上も前の研究。





脳の神経回路の学習・情報処理機能は奥が深い。







完成した新しい暗号化法の事業化の次のテーマは人工知能。







最後の聖域。
















2012-06-20 14:50:33










時々襲われる、何か言い知れぬものに覆われている感じ



自分で制御出来ない不安を衝撃的に経験してきたからであろう





traumaだと?





ちがう。






traumaは、私の嫌いなフロイトが、

物理的な外傷が後遺症となるのと同様に、

心理的な傷が精神的障害をもたらすとして唱えた説。



「心理的な傷」。



安直に使いすぎ。




大脳神経回路網の当然の自己防衛反応であって、

神経回路網自体が傷つく訳ではない。



実体のないタワケタ言葉を作り出して、

人を総精神病疾患にして金を儲ける輩のいつもの手口。






私の言う、言い知れぬものとは、

戦場にあって歴戦の指揮官が荒漠とした戦場を見渡し、

これから始まるであろう激戦とその結末のかすかな予感、

戦闘図上演習での100%勝利の確信がありながらも、

負の予感に突然襲われること。




心の傷とは言わない








いずれにしても サタンの世だ




わたしを護ってくれるかい ?
















2012-03-03 17:15:38






In your life, your mad
In your car, your sad
O' your taller now I've found
Hold your fire course
O' your fallen out
Go and sow your courses


If I rise, they are on my drive
If I believe, it's more than it is
More than it is


If I rise, one more chance
All our dreams, more than this
O' your taller now I've found
Hold your fire course
O' your fallen out
Go and sow your courses



If I rise, they are on my drive
If I believe, it's more than it is
It's more than it is


If I thought I wanted more
Get the life more
Just one more call
Though I've never lost
Believe I don't care
Never again


If I rise, they are on my drive
If I believe, it's more than it is
It's more than it is


If I thought I wanted more
Get the life more
Just one more call


If I believe, there's more than this
Anymore than this








あなたは 地の底に沈み


狂い続けた


来る日も来る日も


虚しくもがく手



かつて持っていた燃えるような光の賜物も去って



すべてを無くし



落ち続けた





だけど  そこを抜け出し


再び 神の道筋を見出すのだ



もし 這い上がれたら


もう一度チャンスは訪れるはず



もし 這い上がれたら


もう一度やり直そう



神は導いてくださる


これまで以上に




そして 人生を掴み取り


神の招しを再び聴くのだ




もう それを決して見失わない


信じて


決してあきらめないから




わたしはずっとこの場所で待っている





もし 這い上がれたら


この手で掴もう



共に人生を















完全な実時間同期問題は
現状の不安定極まりないインターネットでは解けず、
仮想的相対的時間の概念で新たなるFRONTIERを開拓するが、


更なる段階として


既存の不安定なインターネット通信に使われている
通信制御装置を変えてしまえばよいのだ。


既存のネットワークシステムの一部を
新しい概念の通信機器で置き換え、
世界的規模の実時間同期を可能にする方式だ。


通信方式の新しい国際基準が生まれることになる。


インターネット上で機密情報や個人情報を扱う事に伴う
必然の流れであろう。


やがてネットワークシステムも
全面的に実時間同期方式に変わるだろう。


機器間やシステム間の実時間同期と
仮想的相対的時間同期のハイブリッド、
認証方式や暗号方式の更なる高度化、
それに加えてネットワークシステムの革新と、
間口は大きく拡がるであろう。










愛国者ヨアブはダビデを叱責する
2010-05-08 04:55:20



「愛国者ヨアブはダビデを叱責する」


愛国者ヨアブは、屡ダビデを叱責した。
時には王への直言が必要となる。



(1)叱責1

サムエル第二の3章を読むと、
サウル家の軍の参謀総長であるアブネルは、
故サウル王のそばめリツパと男女の仲になった。
そのことで、イシ・ボセテから批判された時、
アブネルは非常に怒った。


「8 すると,アブネルはイシ・ボセテの言葉に
非常に怒ってこう言った。
「わたしはユダに属する犬の頭ですか。
今日,わたしはあなたの父上サウルの家に対して,
またその兄弟とその個人的な友人たちに
愛ある親切を表わしており,
あなたをダビデの手に陥らせないようにしてきました。
それなのに,あなたは今日,女に関する過ちを
弁明するようわたしに求めるのです。

9 神がアブネルにそのようになさり,
重ねてそのようになさるように。
もし,エホバがダビデに誓われた通り,
わたしがそのように彼にしないとすれば。

10 それは,サウルの家から王国を移し,
ダビデの王座をダンからベエル・シェバまで
イスラエルとユダの上に確立するということです」。



それに対して、イシ・ボセテには
返す言葉は無かった。


自分が王位に就けたのも
アブネルの働きゆえであった。



対ダビデとの関係と戦闘において
頼りになるのは
アブネル以外には無かった。


些細な事で恥をかかされたアブネルは、
イシ・ボセテに見切りを付けた。


彼を傀儡として、
自分がイスラエルを指導するのである。


そのためには、対ダビデ戦において
勝利を収めねばならなかったので、
友好関係を結ぶ振りをして、
アブネルはヘブロンのダビデの所へ
内情偵察の為に行った。


アブネルの申し出を無批判に
受け入れたダビデは交渉の条件として、
サウルの娘で一時はダビデノ妻であった
ミルカをつれてくるように求めた。
ダビデは女が好きであったのである。
(サムエル第二3:12-21)


その報告を受けたヨアブは色をなしてダビデを叱責した。


「23 そして,ヨアブと彼と共にいた軍隊がみな入って来ると,
人々は今度はヨアブに報告して言った,

「ネルの子アブネルが王のもとに来ましたが,
[王]は彼を送り出したので,彼は安心して出て行きました」。
24 それで,ヨアブは王のところに行ってこう言った。
「何ということをなさったのですか。
ご覧なさい,アブネルがあなたのところに来たのです。
どうして彼を送り出して,首尾よく去って行くままに
なさったのですか。25 あなたはネルの子アブネルを,
つまり彼が来たのはあなたをだまして
あなたの出入りを知り,
あなたのしておられることをみな知るためで
あることをよくご存じです」。



ダビデはお人好しで正直者であったから、
敵のワナに落ちやすい。


ヨアブにとっては頭痛の種であったが、
その分、自分自身が国家を守る
という気概に一層燃え立ったであろう。

国家、義務、名誉がヨアブの軍人精神の基本であった。




(2)叱責2


ダビデの息子アブサロムがイスラエルの王となり、
アマサを自分の軍の参謀総長に任命し、
クーデターを引き起こし王位を簒奪しようとしたとき、
一時は非常に危険な状況に陥ったダビデであったが、
親子の感情に負けてダビデは
自分の命を危うくした。


自分を殺そうと企んだ息子を殺害し、
クーデターを阻止したヨアブにとって、
ダビデの取った行動は異常なものであった。


その行動から、もしヨアブがいなければ、
ダビデはとっくに殺されていただろうことは明白である。


そのダビデの行動に関して以下のように記されている。



サムエル第二19章1~4節は語る。



「1 後に,ヨアブに,
『見よ,王は泣いておられ,
アブサロムのために嘆き悲しんでおられる』
と伝えられた。

2 それで,その日の救いは
すべての民にとって嘆きの時となった。

民はその日,
『王はその子のことで痛手を受けておられる』
と言うのを聞いたからである。

3 そして民は
その日,戦いで逃げたため恥辱を被って
こっそり帰るように,こっそりと帰って
都市に入りはじめた。

4 ときに王は,顔をすっかり覆い,
王は大声で,
『我が子アブサロム! アブサロム,
我が子よ,我が子よ!」
と叫び続けた』。

ヨアブは、ダビデ所へ行きその行動を厳しく批判した。


「5 『あなたは今日,あなたのすべての僕たち,

つまり今日あなたの魂と,
あなたの息子や娘たちの魂,
それにあなたの妻たちの魂と,
あなたのそばめたちの魂を逃れさせている者たちの
顔に恥をかかせました。

6 あなたを憎んでいる者たちを愛し,
あなたを愛している者たちを憎んでおられるからです。

あなたは今日,
隊長たちや僕たちはご自分にとって
無に等しいことを伝えられたのです。

もしもアブサロムが生きていて,
わたしたち他の者すべてが今日死んでいたなら,
そうであれば,
そのほうがあなたの目にかなっていることを,
わたしは今日,よく知ったからです。

7 ですから今,立ち上がって,出て行き,
あなたの僕たちの心に率直に話してください。

エホバにかけて,わたしはまさしく誓いますが,
もしあなたが出て行こうとなさらないのでしたら,
今夜はだれひとりあなたと共に
泊ることはないからです。

そうなれば,それはあなたにとってきっと,
あなたの若い時から今に至るまで
あなたに臨んだすべての危害よりも
悪いものとなるでしょう』」。





(3)叱責3


晩年のダビデは愚かしい行動を取り、
エホバの怒りを買った。



サムエル第二24章には、

「1 ・・・・ある者がダビデを駆り立てて彼らに向かわせ,
「さあ,イスラエルとユダを数えなさい」
と言ったときのことである。

2それで,王は彼と共にいた軍勢の長ヨアブに言った,
「どうか,ダンからベエル・シェバまで,
イスラエルの全部族の中を行き巡って,
あなた方は民を登録してもらいたい。
そうすれば,
わたしは確かに民の数を知ることになろう」

とある。


神の力ではなく軍の力に頼ろうとしたのである。

ヨアブは叱責した。


「3 しかしヨアブは王に言った,
「あなたの神エホバが,この民を,
王なる我が主の目が見ているうちに,
今より百倍も増してくださいますように。

ところで,王なる我が主は,
なぜこのような事を喜ばれたのでしょうか」。



だが、ダビデはその警告を無視した。


「4 ついに王の言葉は
ヨアブと軍勢の長たちを説き伏せた。

それで,ヨアブと軍勢の長たちは
イスラエルの民を登録しに王の前から出て行った。

5 それから,彼らはヨルダンを渡って,
奔流の谷の真ん中にある都市の
右側のアロエルで野営するようになり,
ガド人に向かって,ヤゼルに[進んだ]。

6 その後,彼らはギレアデと
タフティム・ホドシの地に行き,
さらにダン・ヤアンに行き,
シドンに回った。

7 次に,ティルスの要塞とヒビ人や
カナン人のすべての都市に行き,
ベエル・シェバにあるユダのネゲブの境目まで行った。

8 こうして彼らは全土をくまなく行き巡り,
九か月と二十日の終わりにエルサレムに来た。
9 さて,ヨアブは民の登録者数を王に伝えた。

イスラエルは剣を抜く勇敢な者が八十万となり,
ユダの者たちは五十万人であった」。



とは言え、
ダビデは我々同様に
不完全な人間くさい愛すべき者であった。


一方、ヨアブは、
神の体型的な王座たるエルサレム、
更には国家を守るべく、冷徹に行動した
軍人中の軍人。



ダビデを通り越して、
神に直属の軍人としての強烈な意識の持ち主。


あまり温かい人間味は
感じられず、ダビデとは対照的だ。


しかし、
強敵に囲まれ、国家体制を維持する為には、
ヨアブのような人間も必要であった。
人間味だけではやっていけない。


イスラエルを抹殺しようと
隙を狙う強敵が取り囲む世界であった。



半端な戦いではなかった筈。
神を侮る邪悪な強敵国家との戦い。



それを操るのはサタン。


エホバの御名を戴く聖戦であったのだ。


その意味では、
信仰の戦闘であり、
現代の真のクリスチャンにも
あてはまる点であろう。


クリスチャン自身が不完全であり、
サタン的精神に取り囲まれた世にあっては、
優しさだけでは対処出来ない。
厳しさも必要なのだ。



ヨアブのような厳しさが
もっと評価されるべきである。



ただ、ヨアブは限度をやがて踏み越え、
残念な結末を迎える。



だが、
それまでは、神が用いた逸材であった
と言うべきものであろう。



王国の基礎を据える上で、
確かにヨアブは傑出した働きをした。