歌うたいのKODDYの館

歌うたいのKODDYの館

歌うたいのKODDYは
一流の歌手・一流の作曲家を目指してがんばります。
現在、ピアノ弾き語りの卵として練習中。
ぜひ、ライブにお誘いください。よろこんで出演いたします。

歌うたいのKODDYは

一流の歌い手・一流の作曲家を目指してがんばります!


☆★歌うたいのKODDYの第1作目のオリジナル楽曲が完成!

(3拍子の繊細なメロディーのバラードです。PCで視聴できます。)

『桜』:http://jp.myspace.com/1005265923

寂しい時は 思い出して

そっと聞こえる あの日の歌を

きっと唄える しがみついてる心の

手を離して 身を任せて


笑い合った日 泣き合った日

歌はいつもそばにいるから


だから 唄えるよ

街の路地裏には 君だけが知る青空がある

ひとりぼっちでも 聴いてくれる人がいる

そんな日常 思い描く



きっと悲しい時でも 淋しい時も

そんな時こそ 歌は上手くなる

期待されてなくて 泣いていたあなたでも

歌は人を選ばないさ


どしゃぶりの雨 ずぶ濡れのまま

辿り着いた この部屋の中


だけど唄えるよ 暖炉の炎のように

人の心を 暖かくできるさ

時の流れさえ 越えてゆける歌がある

そんな理想 持ってるなら


運命の向こう 届けよう

君をずっと 待ってる人がいるはずだよ



だから唄えるよ 

自信を持っていいんだよ

君だけが知る季節の中で

誰が知らなくても 伝えられる歌がある

そんな日々も 待ってるから

微笑んでくれる 歌がある


僕は、いつ音楽(作詞作曲)を始めたかも正確に覚えてないし、
音楽を始めてから今までの記憶がほとんど残っていません。



僕の中の時計の針は、高校生の10代の頃で止まってしまったままなんです。


この10年間というもの、人として誰もが経験してきたであろうことを、僕はことごとく経験してきませんでした。


そのため、僕は音楽をそれなりにがんばってきたつもりだったのに、
地元の有名な大学へ行き、そこで卒業して、そして企業に就職してきたつもりだったのに、
思い返せば、何も残ることなく、ただただ精神的にはニート同然のような時間を過ごしてしまいました。




20代になってから、目の前のことは何でもやってきたつもりでした。
そして20代になってから、目の前のことを何にもできなかったんです。




音楽を始めてからたくさんの人に出逢いました。
そして僕は彼らのことをほとんど忘れてしまいました。



でも、今日半年ぶりぐらいに音楽のライブに出演してみて、
ライブが終わった後に、
僕のことを5年前ぐらいに見たことがあると、言ってくれたお客さんがいました。


こうしたことを言ってくれてる人が、今までにも数人ぐらいいました。


こんな僕のことを数年間も覚えてくださってる人がいることに感謝します。



本当に僕は音楽活動で何をやってきたのかを、どうしても思い出せません。
しかし、僕なりに最初の頃はきっとがんばってたんだと思います。



過去のもう忘れ去ってしまった頃の自分に、負けないようにしなきゃいけないですね





私はずっと「見えないもの」に興味をいだいてきました。


哲学や星座占いが大好きでした。

抽象的な世界であればあるほど、それに価値を見いだし、憧れの対象としていました。

ときどき、英語の本も読むことがありますが、
先人の残してきた、洞察の深い普遍的な格言などを、好んで読んでいたものです。




それに比べて「見えるもの」はあまり好きではありませんでした。


代表的な具体例を挙げれば、
衣食住などが、そうです。
人の着るもの、人の食べるもの、人の住むところ、
そんなものに価値を置いて自分を「飾る」道具にすることに興味がなかったのです。

また、目の前にいる人物の生々しい感情やしがらみなど、具体的な面倒くさいことから逃げてばかりいました。





「見えないもの」と「見えるもの」
「抽象的なこと」と「具体的なこと」。




現代の世界においては「具体的なこと」を仕事にして生活する資金を稼ぐことを「大人になる」という言い方で定義されています。


つまり、抽象的な空想ばっかり1日中考えてるやつは、
「子ども」とか「ニート」という呼び方をされてるわけです。




私はいちおう、このブログの外ではちゃんと仕事をして給料をもらってますが、

このブログの中では、どうやら「ニート」と呼ばれる方の人種らしいです。


その証拠に、このブログでは「食べ物の写真」とか「身近な人物の写真」とか「服」とか
そういう具体的なものは一切登場させていません。






私は抽象的な世界を、せめてこのブログの中だけでも残しておきたいです。


「夢」と「現実」だって、正反対の概念とされてますが、
夢が現実により彩りを与え、現実を補完させることだってありえるからです。



せめてブログを書いたり、読んだりするときぐらいは、
現実という具体的なことを忘れて、
抽象的な夢を見たい。そういう世の中であってほしいです。





音楽という抽象的な美しさに魅せられ続けてきました。

私は30数年後に仕事を退職したら、
東京芸術大学の楽理科に入学して、音楽の研究をしてみたいと思っています。





いつの世の中でも、見えないものに夢をいだける世界であってほしいです。
そして、これから生まれてくる子どもたちにも、
そのように過ごしてほしいです。


雪が解けていくのを見るのが好きだ。

土のにおいが春の合図を知らせる。
雪山が瓦解していき、少しずつ視界が広がり、乾いた風の中で、青空が吸い込まれるように大きくなっていく。


僕たちのうえにあるのは、いつだって空だ。
そして人はいつの時代だって、その春の季節のうえにある青空に意味を見出してきた。


空を見ていると、いつも覚えるのはふしぎな感覚だ。
希望ゆえにどこまでも行けそうな気がする進取の心情。そして同時に故郷の懐かしさに似た幻を見ているかのような曖昧でおぼろげな心情。


なぜ桜が空の中で散るのを見ると、懐かしいような寂しさを感じるのか。
そしてなぜ青空の向こうに、何か違う世界が待っていそうな気がするのか。



例えば、歌詞を書くときに、僕は季節を書くのが好きだけれども、
その美しい景色に、いったいどんな意味があって、どんな日常の物語があるのか、
そこまで考えたことがなくて、ついつい中途半端な言葉ができあがってしまう。


もちろん人には直感や感性という大切なものがあるから、
僕たちが青春だった頃って、そういうのは無意識に感じてたのかもしれない。

ところが、少し青春だった時代を離れると、
無意識で感じてたことをいつの間にか忘れてしまい、気づいたときには全く理解すらできなくなるものもよくある。


あの校庭の中を走り回って、算数の教科書をもらって、リコーダーを友達と一緒にふいていた世界。
そんな世界だってきっと意味を持っていたに違いない。

そして、それは桜が散るのを見て懐しんだり、
青空の向こうに夢中になって駆けたくなっていくあの気持ちときっと同じはずだと思う。



今年も春は、ぼくらの人生を通り過ぎていくのだろう。

なぜぼくは春が好きなんだろう。



僕たちは、
それぞれの生きている場所で、毎日人に会い、笑って過ごしている。


でも、ふと思う。
僕たちは、まるで隠れて生きている存在なんじゃないかって。




夜の空から世界を見渡せば、
建物の窓の灯りが、孤独を紛らすように、ぽつんぽつんと街を照らしている。



僕たちは、まるでそんな無数の建物の窓の灯りと同じようなものじゃないか。




誰もが一度は、自分の得意なことで人生のスポットライトを浴びたいと願っている。


だけど僕たちは、無数にある建物の窓の灯りの中の、ほんの一つに過ぎない。

そしてほとんど誰にも気付かれないまま、夜が明けてしまう。





僕はそれが受け入れられなくて、何度も絶望したことがある。

僕が笑って過ごしている毎日が、実は世界の人達に何の影響も及ぼしていなくて、
本当は僕が生きていることが、毎日が、無意味なものなんじゃないかと思えてきたこともある。



とても哀しかった。



孤独を紛らすためだけに、小さな明かりを灯して、
果たしてそれが何の意味があるんだろう。



雨が降った夜は、いつもよりも窓の灯りの数が多くなる。
それは、人の寂しさの数と同じだけあって、そして同じ数だけ隠れて生きている。