5つの恐怖体験が最終章へと導く

 

怨霊旅館



今、僕は加賀美村へ向かうバスの中にいる。
山は鮮やかな緑が覆い、空はあくまで青い。
そんな景色の中をバスは進み、そして加賀美村へと到着した。



僕がバスから降りようと乗降口へ向かおうとすると、なにやらそちらの方が騒がしい。
どうやら、運転手と一人の女の子がもめている。



女の子は白いノースリーブのワンピースに、おそろいの白い帽子を両手で胸に抱えて、落ち着かない様子で視線を泳がせていた。



「あの、どうしたんですか?」
尋ねると、年配の運転手は僕の方を見て、「この娘さん、終点まで来といて、金無い言うとるんやけど……」と言った。



「あ、あの、申し訳ありません……」
女の子は消え入りそうな声でやっと声を絞り出すと、そのままうつむいてしまった。



それを見かねたのか運転手は軽く手を振り、「ああ、わかったわかった。帰りは払うてよ」と声をいらだたせながら、そう言った。
女の子は何度も何度も運転手に頭を下げてバスを降りた。



僕も続けてバスを降りる。
視線を感じて目を上げると、女の子がこちらを見ていた。
「これからどちらへ?」
僕は話しかける。
すると「ここはどこなのでしょうか?」と女の子は言った。



僕がどう答えていいか迷っていると、女の子はポツリとつぶやいた。
「私……家出して来たんです」



「でも、今日はもうバスも来ないよ。どうする?家に連絡したいなら携帯電話を貸すけど」
彼女は左右に首を振った。



とりあえず、今日は帰れないし、野宿するわけにもいかない。
「じゃあさ、今から僕の泊まる旅館に一緒に行こうか。とても安い所だから、一泊分くらいなら出してあげられるよ」



その提案に少し考え込んだ女の子は、しばらくして顔を上げる。
「本当に、よろしいんですか?」



「いいよ」
僕は女の子に信用してもらえたことが、なんだか嬉しかった。



「僕は高橋尚樹。君は?」
と言って、女の子に手を差し出した。
女の子は少し照れながら、僕の手を握った。
「私は、玲子。よろしくお願いします」



えーと、なんて呼んだらいいのかな。玲子さん?」
「できれば、その呼び方は……」
彼女はうつむいた。
「じゃあ、玲ちゃんはどう?」
「いいですよ、それでも」
彼女は少し恥ずかしそうに笑った。



僕たちは、だいぶ傾きかけた日差しの中を歩き始めた。
あらかじめ、旅館はチェックしてある。
『一泊二食付き 2500円』
予約はしていないけれど、なんとかなるだろう。



ゆるやかな坂道を20分ほど上っただろうか。
もう空は茜色に染まっていた。



しばらくすると、山の上からトラクターが下りてきた。
運転しているおじさんに軽く会釈すると、笑顔を返してくれた。
「こんな時間から山歩いとんのかい?やめといた方がええんちゃうかいな」
と大声で言った。



玲ちゃんが帽子を取って答えた。
「私たち、旅館に向かっているんです」
聞こえたのか聞こえなかったのか、おじさんはいぶかしげな顔をしながら、エンジン音と共に通り過ぎて行った。



旅館までは一本道だったが、着いたのは午後7時をまわっていた。
紫色の空の下、木造二階建ての建物が建っていた。



その建物は見るからに寂れていて人の気配もなく、廃墟のようだった。
玄関と一階にほのかな明かりがついているが、二階は真っ暗だ。
「まあ、安いから仕方ないよね」
玲ちゃんに向かって苦笑いを浮かべた。



ガラガラガラ
引き戸を開けると、意外に広いロビーが目に入る。
「すみませーん、一晩泊まりたいのですがー」
しばらく待ったが返事はなかった。
玲ちゃんを見ると、彼女は不安そうにしている。



ドォォオォーン!!



その瞬間、ものすごい音と共に振動が建物を揺らした。
あまりの衝撃に一瞬、宙に浮いたような気がした。
あちこちで何かが割れる音がして、壁が嫌な音をたてる。



「じ、地震?」
玲ちゃんは言葉をなくして、僕の腕にしがみついていた。
再び静寂が戻り、夜の虫たちの声が聞こえ始める。



パシャッ
背後で音がした。
それは、僕たちが入って来た、ガラスの引き戸を、なにかが叩いている音だ。



パシャッパシャッ
いる……すぐ……うしろに……いる……



パシャッパシャッパシャッパシャッパシャッパシャッパシャッパシャッ



「玲ちゃん、違う出口を探そう」
僕は、はやる気持ちを押さえつつ、デイパックに入っている懐中電灯を取り出した。
スイッチを入れると、壁はかなり汚れていて、廊下は穴だらけなのが見えた。



左右にはたくさんの客室が並んでいる。
「ひあっ!」
玲ちゃんが短い悲鳴を上げた。
驚いて彼女を見ると、すぐ隣の部屋を指差して固まっている。
そこには朽ちた扉に紙が貼ってあった。



『高橋尚樹 様 美咲玲子 様』
そんな、なんで僕たちの名前が……



僕は部屋の中が気になり、ドアノブに手をかけようとした。
すると玲ちゃんが服のすそを引っ張って、首を振った。



「ね、やめましょう。恐ろしいことが起きるような気がします……」
僕はノブから手を離し、玲ちゃんの震える手を優しく握った。
玲ちゃんは少し驚いて、恥ずかしそうに僕の方を見た。



「出よう、ここから。二人で」
「はい」
玲ちゃんの手はもう震えていなかった。
そして、僕自身も……



しばらく歩いていると、玲ちゃんがなにかそわそわしているのに気付いた。
「どうしたの?」
「さっきから、何かに見られている気がするんです」
僕は懐中電灯であたりを照らしてみた。



見開いた目に涙をいっぱいに溜めて、玲ちゃんはゆっくりと僕の方を向いた。
こみあげてくる恐怖を必死に我慢して、怯える玲ちゃんを抱きしめた。
僕たちは声を押し殺しながら、その場を離れた。
しばらく進むと、廊下は行き止まりになっていた。



二階に上がり、廊下を少し進むと、また客室らしき部屋が見えてきた。
僕は、この部屋に避難ハシゴがあることを祈りながらドアを開けた。



目の前に恐ろしい表情の顔だけが浮かび上がる。
僕らは転がるように部屋を飛び出すと、やみくもに廊下を走った。



途中、何度か床を踏み抜いたりしたが、とにかく走った。
気がつくと、横を走っていたはずの玲ちゃんが消えていた。
目をこらすと、少し後ろの床に大きな穴が見えた。



急いで戻ると、その穴の下に玲ちゃんが倒れているのが見える。
どうやら、床を踏み抜いて一階に落ちてしまったらしい。
気を失っているのか、動かない。
「玲ちゃーん」
呼んでもまったく反応がない。



意を決して穴に向き直ると、穴から無数の赤ん坊らしき手が這い出してきた。
「いやぁぁぁ!尚樹さんたすけてぇ!」
階下から玲ちゃんの悲鳴が響いた。



僕は無我夢中で穴の中へ飛び込んだ。
無数の手を振り払いながら、階下へと落ちていく。
着地は思いのほかうまくいった。
あたりを確認する。
玲ちゃんがいるはずの床には、異常な塊だけが存在した。



それは赤ん坊の山だった。
その隙間から、わずかに玲ちゃんらしき女の子が見える。
赤ん坊たちは、その女の子の胸を奪い合うようにうごめいていた。



「玲ちゃん、今、助けるよ!」
僕は玲ちゃんに群がる赤ん坊をはがして投げ捨てた。
「これで最後だ!」
すべての塊をはがし終わると、玲ちゃんを抱き上げた。



彼女はゆっくりと目を開いた。
「うわぁぁ、怖かった、怖かったよぉ!」
僕は玲ちゃんが落ち着くまで、しばらくの間抱きしめていた。
本当は僕の方が落ち着きたかったのかもしれない。



とにかく脱出方法を探さないと。
僕は部屋の中を見回し、奥の方から光がもれているのを見つけた。
それは月の光のようだった。
あそこから外へ出られるかも。
僕は玲ちゃんの手を引いて、光のある方向に歩き出した。



「ひっ!」
窓まで数歩というところで僕たちの歩みは止まった。
玲ちゃんの心の震えが手から伝わってくる。



「私の赤ちゃんを返して」
一瞬、誰がしゃべっているのかわからなかった。



僕は覚悟を決めて一歩前に足を踏み出すと、窓からもれていた淡い光は徐々に強くなり、人影をあらわにしていった。
そこには鬼のような形相の女性が、こちらをにらんでいた。



「に、逃げましょう」
後ろを振り返ると、その先に二階に上がる階段が見える。
なんとか階段までたどり着き、後ろを確認すると、すぐ真後ろに鬼女は立っていた。
その女は上半身しかなく、松葉杖で体を支えていた。
僕は慌てて階段を上がっていった。
かつん、かつん、かつん、かつん
背後から松葉杖の音が迫ってくる。



とにかく走った。
玲ちゃんの落ちた穴を飛び越え、廊下を少し行くと、窓際に木の箱が置かれていた。
「避難ハシゴだ!」



「赤ちゃんを返せ!」



ハシゴをおろしている時間なんかない。
僕は玲ちゃんを抱え上げると、窓をぶち破って飛び降りた。



全身に激痛が走る。
一瞬意識が遠くになったが、なんとか持ちこたえた。
玲ちゃんは……?
見回すと、少し離れた場所で倒れこんでいた。
命に別状はなさそうだ。



その時、まぶしい光がふたつ、僕らを照らし出した。
今度はなんだ!



光の向こうから声が聞こえた。
「ありゃまあ、いけるんかい、あんたら」
顔をのぞかせたのは、行きがけにすれ違ったトラクターのおじさんだった。



おじさんが言うには、山の上の旅館はとうの昔になくなっていたらしい。
心配したおじさんは様子を見にきてくれたのだ。



「うおっ!あんたらどえらい怪我しとるやんけ!わしが車で運んだるから、しっかりしな!」
僕と玲ちゃんは、顔を見合わせて微笑みあうと、安心して気絶した。



それから、僕と玲ちゃんは町の大きな病院に収容された。
彼女は右足の骨折と数か所の打撲。
僕の方が彼女よりは軽かったらしい。



僕が目を覚ました時には、彼女はもうこの病院にはいなかった。
病院の人に聞くと、母親が迎えに来たとだけ教えてくれた。



怪我の方は意外とたいしたことはなかったので、三日ほどで退院することができた。
………
あれからどれくらいの月日が経ったのだろう。
時の流れは早く、まわりの景色は早送りのように進んでいく。



あれは現実だったのか、夢だったのか。
残された彼女の帽子だけが、彼女の存在を肯定していた。
僕と彼女の帽子は、時の流れから取り残され、探しているものすらわからなくなっていた。



「尚樹さん」
どこからか彼女の声が聞こえる。



「尚樹さん」
その声は僕の頭の中へと響いていった。



「高橋尚樹さん」
僕は声のする方へ振り向いた。



そこには、微笑んだ彼女がいた。
「帽子、返してくれませんか」
僕は彼女の微笑みの中に、探していたものを見つけた。




 


 

今作には、今回紹介した「怨霊旅館」のほかに4話収録されており、それぞれがマルチエンディングです。

それらをクリアすることで最終章が出現します。
ヘッドフォンの使用が推奨されていたので使ってプレイしてみました。
もちろん、深夜にです。
登場人物のセリフも一部音声がついていました。
決してクリアな音質とはいえません。
しかし、それが雰囲気を出していて、ゲームに合っていたと感じました。
 

 

 

【今回紹介したソフト】

 

 

 

 

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