私には、いま「やらなければ(ちょっと重荷)」と思っている事がいくつかある。実は、そんな「やらなければ」を、整理しながら一つずつ片付けて行くという事が苦手だ。
時期に寄っては、遅々として進まない事がある。今がその時期。
頭の中で考えだけがぐるぐる回り、「早く何とかしよう」に囚われるが、体はどんより重くなる。そして「やらなければ」は溜まっていく。
ある時、「やらなければ」と「体調」とが反比例していると気付く。やらなければと思えば思うほど無気力になっている自分が居る…
「それって、ただの言い訳?」とも思いつつ、思い切ってある人(Sさん)に言ってみた。
何故「思い切って」かと言うと、ずっと自分を責めているから。こんなだらしない自分を、人は何と言うだろう…と(ー_ー;)
私:「若い頃は、いつも『やらなければ!』と追われるようにして物事をやっていたが、ある時から出来なくなった。
最近は、『やらなければ!』と思うと全く気力が湧かない」
S さんの答はこうだった。
S :「やる気がないときはやらない方が良い。病気や大怪我は、やらなければ!と無理をした時に起こる。
やらなければ!と思ったときに気力が出ないのは当たり前で、それは良いことなのです」
えっ!?当たり前?良いこと?何だか体から力が抜けて行った。
その後の私はというと…
S さんから「やらない方が良い」と言われて、何だか気持ちが軽くなった。強迫観念から解き放たれ、少し余裕すら出てくる。人間とは不思議なものだ。
気付けば「重荷だったはずの事を一つずつ進めている、ちょっと先の自分」を頭の中に描いている。
今の自分を肯定する事で、ギアが切り替わる時があるらしい。「やらなければ!」は「やれそうだ!」「出来る所から手を着けよう」へと…
まぁ、実際にはそんなに簡単ではなかったりする訳で…これから先も、時に留まり悩むかも知れないけれど、今あの「ぐるぐる回り」は消えた(゜▽゜*)
そして
私には、「やるべきだ!(べき思考)」に囚われる考え方の癖があるなと思い出した。「やらない方が良い」は、体からの声でもあるのかなと思った。体と話し合わないとね!
「ちょっと待て。何処かに無理がないか?」という信号を送って、自分を守ってくれているんだなぁ…
「やらなければ!」と「無気力」…自分の中でもて余していた悩みは、口に出す事であっさり形を変えた。それにしても、人間とは複雑なものだなと思う。
そして、ちょっと俯瞰しながら興味深く眺めてみたら、ゆったりと自分を受け容れられそうな気がしてきた。
Aki
<日程>原則毎月第1金曜日
<時間>10:00~12:00
●あいりすの会(大切な人を自死(自殺)で亡くした方のつどい)
<日程>原則毎月第2金曜日
<時間>10:00~12:00
場所はどちらも京成津田沼駅より徒歩1分のウタタネ事務所です。詳細はHPでご覧ください。
https://www.utatane.space/