尿路感染が心配なので今日は先生に尿道カテーテルの入れ替えをしてもらいました。
まぁ、マニアは例外として、導尿管の挿入は男子にとって最悪の苦痛です。
キシロカインで局部麻酔をしますが、正直言って気休めでしかありません。
私も昔やられた事がありますが、挿入後しばらく続く違和感たるや凄まじいものがあります。
痛みに強かった親父ですがのたうち回って痛みを訴えます。
痛みで動いたせいで壊死が進む足を動かしてしまい苦痛を訴え続けます。
足はすでに白蝋化し、すこし圧力をかければ多分剥離してしまうでしょう。その部分の神経は既に死んでいますが、辺縁部は当然まだ痛みを感じます。細胞が死にゆく苦痛とそれを伝達する苦痛が合わさって、より酷い痛みが足全体から体中にまで広がって行きます。
生きる事は苦です。
救いは抵抗からは生まれません。親父様は痛みに身を委ねて、虚空を見つめ続けます。
もはや言語もまともに機能していないから、多分、言語的な思考も停止しているに等しいでしょう。それでも、親父様は思考しています。視線は言葉より雄弁に現状を語ります。適切に語ります。私はその視線の言葉に従って動くだけです。寂しいから手を握れと視線が語り、痛みで喉がカラカラだから水をよこせと視線が語ります。
生きる事は苦痛です。
これほど酷い終末、色々あるでしょうが、他人ごとでは無いかもしれません。まぁ私は自覚があれば誰にも言わず抵抗すること無く終わろうと常々思っていますが。
親父様のためにではなく、多分、誰のためにでもなく、それが今現在ですので、見届けるのです。
あまり悲しみや哀れみや、ヒューマニズム的な感傷はありません。と言うか、全くありません。だって親父様だけでなく誰だって生きる事は苦しいことなんですからね~。