独身の友達がいます。25年来の友人です。
知り合ってから現在に至るまで、途切れる事無く付き合いは続いて来ました。
今でも月に一度は遊ぶ仲です。
でも、だんだん友人と話が合わなくなってきました。
私が結婚・出産して10年経つので、もっと早い段階で話が合わないと感じても良さそうなものだけど、
ここ1年くらいの間に段々違和感を感じるようになって気ました。
彼女が恋愛している時期は、その恋愛話で盛り上がりました。
恋愛経験が自分よりも多いからと、彼女はよく私に相談をしてくれました。
自分まで独身のころに戻ったようで、相談に乗ったり話を聞くのはとても楽しかった。
でも彼女は現在すっかり恋愛から遠のいており、もっぱら趣味に高じている。
私が仕事をしていた頃は、お互い会社や同僚の愚痴を言い合ったりして盛り上がりました。
今は私が専業主婦なので、仕事の話で新しい話題を振れるのは彼女だけ。
彼女の話や愚痴を聞くのは一向に構わないのだけど、現在仕事をしていない私が
『わかる、わかる~』
なんて言っても、なんだか空々しく感じてしまいます。(言ってる自分が)
だからと言って過去の職場での経験談を未だに持ち出すのも、なんだか違う気がする。
私はと言えば、専業主婦になって3年。
学校や幼稚園の役員をやったり、子ども関連の付き合いのほうが多くなったり、育児にどっぷりと浸かった生活です。
彼女は子どもたちをとても可愛がってくれているので、もちろん会えば自分の家族の話もしますが、障りだけを話して、あまり育児の話等を深くすることはありません。
気を使っているわけではないけど、やっぱり独身の彼女からしたら育児の話は面白くないだろうし、自然と深い話はしなくなります。
そんな感じでお互い共通の話題が段々少なくなってきました。
気がつけば、テレビの話、好きな歌手の話、共通の友人の噂話、思い出話、くらいしか話すことがなくなってました。
今までは無いことだったんだけど、一緒にいて沈黙してしまう時間が増えてきたんです。
一瞬、『あ、何話そうかな・・・』と考えてしまう。
今までは、途切れる事無く常に何かを喋ってました。真剣な話からくだらない事まで。
別に無理しているわけではなく、お互いに話したいことが沢山あったんです。
女同士ってそんなものだと思う。何時間でも話は尽きなかったです。
でも今は話題に困ってしまう。
きっと彼女も少なからず同じ事を感じている事でしょう。
基本的に私が聞き役の事が多く、一緒にいても7割は彼女が喋っていますが、彼女から振られる話題も少なくなったように感じます。
お互いいろんな不満や嫉妬や妬みの気持ちもあると思います。
隣の芝生は青いもので、彼女はきっと結婚して子どもがいる私が羨ましいと思います。
でも私は、独身で実家暮らしで、お金も自由に使えて、いつも高そうな洋服を着て、しょっちゅう旅行に行ってる友人が羨ましいです。仕事や遊びで予定がいっぱいな彼女が、とても充実して見えます。
だからと言って私自身、自分の人生や今の生活に不満があるわけじゃない。
要は無いものねだりなんですね。
人を羨ましいと思ってしまう感情は、どうしようもない人間の性だと思うんです。
欲があるから向上できる。良い方向に向けば。
でも親しいはずの友人にその感情を向けてしまうと、付き合いが段々きつくなって来る。
自分がとても醜い人間のように感じてしまう。
親しいからこそ、嫉妬の感情は湧き上がるものなんだろうけど。
育児真っ盛りの頃って、すごくゆっくり歩みを進めている時期だと思うんです。
子どもと一緒に寄り添うように生きているから、どうしたって歩みは遅くなる。
でも独身の人は違う。
特に彼女は友人関係と趣味の世界が充実していて、私の前をどんどん歩いていってる気がする。
なんだか取り残された感のある私は、面白くない。
だって今までは肩を並べて歩いてきた仲だったのに。
違った角度から見れば、進む道が違うだけで、彼女も私も頑張っているに過ぎないのだろうけど、なかなかそう割り切れない自分がいる。
ちょっと検索をかけると、世の中には既婚と独身の友人関係に悩む人が沢山いる。
お互い自分に無いものを羨ましく思う。
既婚者は仕事と自由を、独身者は結婚と出産を。
そしてお互いに今の自分のいる場所を認めてほしいのだ。認めてほしいがために、
『私は素敵な旦那様と可愛い子どもがいて幸せよ~。女の幸せは結婚よね』by既婚者
『また旅行に行くの。このバッグもブランド品で高かったんだよ~。友達たくさんいて毎日楽しいよ』by独身者
みたいな自慢を無意識のうちにしてしまう。
本当は羨ましいのに、それを素直に認めるのもなんだか悔しくて、つまらない対抗心を燃やしてみたり。
私だって毎日充実してるのよ、的な自慢とも取れないようなくだらない自慢話をさりげなく披露したりして。
そして後で落ち込む。自分てくだらないなって。
言われた方もそんなささやかな自慢を感じ取って、相手に対し心の中で面白くないと思ってしまう。
だから一緒にいて違和感を感じ、話も合わなくなり、段々相手に対し猜疑心が強くなって心を閉ざしてしまうのかもしれない。
昔のように、何でも腹を割って話していた頃と違う。
どこか見栄や大人としての常識のようなものに囚われて、本音で話していないような気がしてしまうのだ。
友人なのだから、相手の幸せを願い、お互いの今いる場所を認めて、
『私たちって住んでる世界は違うけど、お互い頑張って生きてるよね!』
って心から言い合いたい。
でもそこに羨ましいとか嫉妬の感情が割って入ってしまうから、複雑な感情になってしまう。
今の自分がどれだけ幸せなのかって事を感じられないのが悪いように思う。
自分が望んだ場所に居るのに、違う世界も手に入れたくなってしまう。
自分の持っているものを見もせずに、他人の持ち物にばかり興味を示し欲しがってしまう。
そんな自分の性格に、彼女との付き合いに違和感を感じた原因があるように思う。
どんな出来事も見方を変えれば好転する。
私自身、彼女に対するモヤモヤした感情は、自分の考え方次第で変わると思う。
せっかく25年続いてきた友情である。
おばあちゃんになっても友達で居たいと本気で思っていた仲なのだから、自分のマイナスの感情で駄目にしたくない。
私の仲で彼女と距離を置くとか友達をやめるといった選択肢は無いから、ここはやっぱり自分の意識を変えていくしかないのかもしれない。
私もまだまだ子どもなので難しいかもしれないけど、自分の中でそういう自覚が芽生えただけでも、少しは進歩したのかも。
ちなみに以前書いた「地元を馬鹿にする友人」という記事はこの彼女の事です。
これも、自分が今居る場所を認めてほしいという感情があるから感じた事だと思う。
彼女は、結婚して地元に根差して生きている私を羨ましく感じたのかもしれない。
というより、日曜日にイオンなんかで買い物をしている家族連れを、羨ましいと思ったのかもしれない。
そんな生活嫌だわと思いつつ、家族で過ごす休日に憧れる気持ちはあっただろう。
そもそも彼女は地元で彼氏が居たこともなければ、現在まで続いている友達は私だけ。
地元に対する良い思い出が、あまり無い。
一方私は、都会で華やかな生活をしている彼女が羨ましかった。
地元での素敵な思い出は沢山あるし、現在進行形の友人はいるけど、都会に働きに出て遊ぶという生活をしてみたかったから、憧れが捨て切れなかった。
地元を馬鹿にする=自分を否定されたようで、面白くなかったのだと思う。
やっぱり誰だって、今やっている事や場所を否定されたら面白くないのは当たり前。
自分はそんな風に、彼女を無意識のうちに否定していないだろうか。
私が彼女の今を否定するような言動をしたから、彼女も無意識に私を否定したくなったのかもしれない。
もしそうだとしたら、なんだか寂しいよね。友達なのに相手を否定したり、自分を誇示したり。
でもそんな風に悩みながら生きていくのが人間なのかなあ。
悩まなければ考えない。考えなければ成長しない。
そう考えると、こんな風に友達の事で悩むことも悪いことじゃないのかもしれない。
人としても幅も広がるし、彼女との関係も上手くすればより深いものに出来るかも。
なんだかやたらに長くて取り止めの無い文章になってしまいました。
上手く気持ちをまとめられずに、いや気持ちをまとめる為にダラダラ書いてしまいました。
長い文章、読んでくれてありがとう。
しかも報告できるほどのダイエットの成果もありません・・・。