高齢による腎不全で危篤だった娘娘

昨日、4月2日22時22分頃に新しい世界へ旅立ちました


推定享年18歳以上(人間の年齢に換算するとたぶん90歳以上)

アレルギー性気管支炎と口蓋裂を持ちながら、波乱万丈の猫生を生き抜きました


家人が目を閉じてくれて穏やかな顔をして寝ているように横たわる姿は、縞々と所々豹柄のためか、まるで息をしているような錯覚さえします


娘娘、13年9ヶ月18日間、一緒にいてくれてありがとう

いつまでも愛しているよ


-----

ここからは 娘娘の昨日の詳細で少し辛い内容もあります

お知りになりたい方だけ お手数ですが反転させてお読みください


昨日は朝から反応が鈍く、それでもシリンジで水を飲ませたり、脱水で乾いている鼻を濡らす時には嫌だとハッキリ意思表示をして、声をかけると尻尾を動かして返事していました


17時頃、病院から帰宅後、ヒーター前でへたっていました

後足はほとんど自力で動かせず、何日も左側を下にした姿勢でいることが多かったため、ごくたまに右側を下になるように持ち上げて変えていました(いつの間にか左側が下になっていることが多かったです


22時10分過ぎ、今日もずっと同じ姿勢だったから寝る前に変えておこうと、いつもしているように両前足の後ろから手を入れて持ち上げ、右側を下にして頭がクッションに乗るようにしました

それまでも荒かった呼吸がさらに荒く益々苦しそうになり、のけぞらせるようにしてクッションから頭が落ちました


横で寝ていた家人を起こし、家人が頭を支えているのですが、必死に息を吸おうとして・・・でも出来ない様子で、5~10分間くらい苦しんで亡くなりました


両前足の後ろ側から手を入れて持ち上げ弱った心臓と肺が圧迫された事で、なんらかのキッカケになり死に至ったのだと思います


私が死期を早めたのだ、私が殺してしまったという自分を責める気持ちと

回復の見込みがなく延命治療のため毎日大嫌いな病院に行って痛い思いをして、尿毒症が進めば痙攣発作などで苦しみぬくようになる・・・もし、そうなった場合によっては安楽死も考えていたので、そうなる前に家人が揃って看取ることができて、これで良かったのだと思う気持ちが交錯しています


今は、ただただ娘娘の冥福を祈るばかりです。