どうしたら

愛し合えて、大切にされて、

循環し合える関係になれるのか?





 

  🩵関係が健全で対等であること

循環が起きる仕組みの一つに

関係が健全で対等であることがあります。




彼がいることで

自分を保てている状態だと、

彼がいなくなることが怖くなります。




捨てられないように。

浮気されないように。

彼にとって価値のある自分でいようと。




自分がどう感じているかよりも、

彼にどう思われるかを優先して、

気づけば彼に合わせてしまう



本当は嫌なのに。

傷ついているのに。

やめてほしいのに。


それでも、嫌われたくなくて、何も言えずにいる。


言えば彼が怒るかもしれない。

機嫌が悪くなって、距離ができるのが怖い。

会えなくなるのが耐えられない。



そうして、我慢を重ねるうちに

「わたしばかり我慢している」

そんな思いが、静かに溜まっていきます。



表面上は穏やかに見えても、

その関係が

我慢や犠牲の上に成り立っているなら、

愛は循環しませんハートブレイク




彼を自分より上に置いている時、

そこに対等さは生まれないのです。




一方的に与える側と受け取る側になっていないか?


お金。

体。

ステイタス。

安心感。

肩書き。

見た目。


どちらか一方が

「何かを得るため」に繋がっている関係は、

たとえ優しく扱われていても、

愛は深いところで巡りません。



お互いが合意の上で楽しんでいるなら、

それも一つの形かもしれないけれど





愛をちらつかせながら利用したり、

利用されていることに気づかないまま信じてしまったり。


そうした関係では、

魂が触れ合うような繋がりは育たず、

愛は循環しないのです。


愛が循環する関係とは、

どちらかが我慢し続けることでも、

尽くし続けることでもありません。




静かに、対等で、自然に行き来することで

循環が生まれるのです。