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閉店SALEがそんなに長いわけがない

タイトルとは無関係の極私的読書感想文

高速道路の案内表示にこれまでとは異なるフォントが採用された。

今のフォントは俗に「公団ゴシック」と呼ばれる独自のものだ。高速走行や視界不良のときでも視認性が高いよう、漢字の画数を大胆に省略している。高速に乗るのはたいがい旅行のときなので、あの独特な字を見ると、「ああ旅行に来たな」と思ったりする。

新しく採用されるのは「ヒラギノ角ゴシック体 W5」という既存のフォント。Mac OSXユーザーにはお馴染みというか、今このブログを書いている画面の文字がヒラギノだったりする。仕事から解放されて高速に飛び乗ったのに、またヒラギノに行き先を指図されるなんて・・・。

フォントが気になるのはデザインを生業としているからで、一種の職業病、いわば野球肘みたいなもんだ。こじらす(野球肘で言うと、関節ネズミが走る状態)とそればっかり気になって仕方がない。

気になると言えば、普通は統一されているはずのコーポレートタイプが違っているととっても気になる。

鉄道などは通常、同一路線の案内表示は同じ書体を使う。ところが日本で初めて駅ごとにフォントを変えたのが横浜みなとみらい線だ。だいぶ前のことだが、開業当時に何気なく車窓からホームを眺めていて気がついたときには驚いたものだった。ちなみに、みなとみらい線はデザインも駅ごとに全く違う。まったくもってバブルの所業であると思っている。悪くはないと思うけどね。

フォントが気になって仕方がない人がそんなにいるとは思えないのだが、なぜか青山ブックセンター本店で至る所に平積みになっていたのが「フォントのふしぎ」だった。ABC本店には書体関連だけでも棚が3つ分くらいあるので、多少は置いてあっても不思議はない。ないのだが、それにしても100冊はあったように思うのは気のせいだろうか。

著者は欧文書体の現役デザイナーでありトップランナーなのだそうだ。おそらく初心者向け(何の初心者だか)に書かれているだろう内容は、浅すぎず丁寧すぎず、程よい加減。よほどの飾り文字でもなければ普段気にも留めないフォントが、パッと浮かび上がってくる。

日本語の場合は、ひらがな・カタカナ・漢字にアルファベットが加わるので、混沌とした感じになってしまいがちなのだが、そこはアルファベットのみの欧文書体の歴史は単純で味わい深い。むしろキャラクターが少ないがゆえに洗練されて淘汰された美しさが見える。

個人的な好みを言うと、optimaやfuturaの細身のサンセリフ系もそそられるのだが、かつての西鉄ライオンズのロゴのように、ゴツいドイツ文字に惹かれてしまう。あの有無を言わさぬ職人気質な佇まい。生半可だと殴られそうな緊迫感はなかなか現代フォントにはない。ユニフォームの名前が軟弱な丸文字になったのは、歴史の必然か、単に現代におもねっているだけなのか。

フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?/小林章


いやー怖い。実に怖い。もう少しで座りションベンを漏らすところでした。

『地獄変』は幼き頃にも読んだ記憶がないので、初めて読んだことになるのだけれど、まあ怖い。純粋な少年時代に読んでいたら、人格形成に暗い影を投げ掛けていること必至の恐怖体験であろう。

決して細かなところまで描写が行き届いている訳ではないが、それがかえって幾重にも考えを張り巡らせることができる物語となっている。謎解きをするでもない、淡々と事実が進んでいって、そして淡々と終わっていく。それがたまらなく恐ろしい。
なんとなく、久方ぶりに芥川龍之介を読んでみたくなった。
遠い遠い子供のころに読んだ記憶が微かにある。というか、だいたい話の筋は覚えているものばかり。

ただ改めて読み返してみると、大人になったからこそわかる描写の薄気味悪さ(羅生門)や、話の構成としての面白さ(薮の中)、などが短編で美しくまとまっている素晴らしい作品だなあと思う。

というか幼き頃によく読んだもんだわ。意味わかってたんだろうか。

江戸川乱歩を読んだときにも思ったのだが、何とも言えない明治大正昭和あたりの匂いが漂う、行灯の揺れる灯りで読みたいような感じがした。

今回は電子書籍で読んだのだが、文庫でも無数に出ているので、有名でない作品んも読んでみたい気がする。