2020年は新年な横浜港に停泊した客船の怪しげなニュースを見ながら、通常運転という既成概念が音を立てて崩れていった気がする。


じわじわと日本にも感染者が増え、様々な仕事の内容が、よくわからないままの感染対策に追われた。


そして、突然の首相の休校会見。


18時半まで残業していた私たちは、呆気に取られて


「まず、帰って寝よう。それから明日以降考えよう。」


苦笑いで言い合った事を思い出す。



それから、しばらくして在宅勤務命令も出て、家族全員でステイホームすること3ヶ月。在宅で仕事はしていたが、3食みんなでご飯を作り、5時過ぎると散歩に出掛けて運動不足にならない様につとめた。


音楽や映画鑑賞で、そのいつまで続くのかわからない不安な時を過ごしていた。


私は不安が強いと、社会的な事に目が向きやすい。子供の頃から家庭でその様な内容に触れる事が習慣だった事と、歴史から学ぼうとする生存本能だと思う。


みんなでゲラゲラ笑う様な作品も見たけれど、かねてから観たかった社会的な作品を観ることも多かった。チョコレートドーナツ、人魚の眠る家、、etc、、


長女は私に似た傾向があるから、興味深く一緒に見ていたけど、三女は途中で私のベットに潜り込み寝てしまうことも多かった。


闇に引き摺り込んでしまったのではないか。

申し訳なかったと今思う。


音楽も、それぞれが聴いているものを聴き合ったり、感想を言ったりして共有した。


若い子たちの好きなもの、姉妹だけど全く趣味の違うもの、新しい発見がたくさんあった。


昔の曲のカバーもたくさん聴いた。


"翳りゆく部屋"


ユーミンの荒井由実時代の作品を、沢山のアーティストがカバーしていた。


子供の頃、ユーミンファンだった6歳上の姉が、この曲を爆音で聴くのが嫌で仕方なかった。


失恋の歌だろうけど、

「輝きは戻らない、私が今死んでも」


って飛躍が激しくて訳がわからない。

女の人が歌うとまた怖いし、、😅


そんな風に思っていた。ところが、エレファントカシマシのカバーを聴いて、大好きになってしまった。当時センセーショナルだったパイプオルガンの前奏はもちろん、他も大きくはアレンジを変えないのにバンドの良さが要所要所控えめに出ているブルージーなサウンドも、あの力強い歌声も、微妙にフラットしたメロディラインも、絶妙にマッチしていてやはり名曲なんだなあと時を超えて絶賛した。子供たちも、確かにかっこいいねえ!男性ボーカルだと、なんか未練がましい歌詞でもいい感じだねえ!などと一緒に聴いていた。


三女は、好き嫌いは別として私がよく聴いているものだから


「わーたーしがー、いまーしんでもー♫」


と一時期ふざけて歌うようになった。



これが影響したとは思わない。でも、あんなコロナ禍のイレギュラーの連続がなければ、三女が心のバランスを崩す事もなかったのにとの思いから、三女のおふざけした歌声が耳を離れず、聴かせなければよかった。と深く悔やんだ事もあった。

それでも、この8ヶ月あまり生身の三女の居ないまさに翳りゆく部屋で淡々と生活を続けながらも、あの3ヶ月のぬくぬくした家族だけは密すぎる濃厚な日々があって、良かったのかもしれないと思えるようにはなった。


三女、やはり名曲でしたよ。でも、やはり歌詞は失恋ではないけれど胸を抉られるような思いであなたを思って聴いています。ユーミンはやっぱり色んな意味ですごいな。


どんな運命が愛を遠ざけたの?


聴きながら、何度も何度も自分に問いかけてます。問いかけても分からないけど、辛く聴きながらもあなたを傍に感じられるから今日も聴いてます。矛盾してるね。


ママの子に生まれてくれてありがとう。

子育て楽しませてくれてありがとう。







翳りゆく部屋     松任谷由実 (荒井由実)



窓辺に置いた椅子にもたれ

あなたは夕陽見てた

なげやりな別れの気配を

横顔に漂わせ


二人の言葉はあてもなく

過ぎた日々をさまよう

ふりむけばドアの隙間から

宵闇が しのび込む


どんな運命が愛を遠ざけたの

輝きはもどらない

わたしが今死んでも


ランプを灯せば街は沈み

窓には部屋が映る

冷たい壁に耳をあてて

靴音を追いかけた


どんな運命が愛を遠ざけたの

輝きはもどらない

わたしが今死んでも