三女は私の煮た黒豆が好きだった。年末は欠かさず黒豆をコトコト煮て、伊達巻を作った。何故だかうちの子たちは既製品の伊達巻を嫌って、年明けだけは私の作った伊達巻を欲しがった。

昨年末、私は下肢静脈瘤の手術を予定していた。終わってみれば日帰りの大した手術でもなかったが、1週間の運動制限と聞いて、どの程度痛むのか、どの程度の事ができるのか分からず、

「今年は一切おせち作らないからね」

と宣言した。黒豆も煮ないけどいい?と聞いた時、三女は何とも言えない寂しそうな顔をして、うん。と答えた。


未だにあの寂しそうな顔がまぶたに焼き付いている。


大した手術ではなかった。予後も良好だった。でも、一度何もしないと決めたから煮なかった。恒例の年末旅行もコロナで行けず、彼女は家族を感じる事なく歳を越したのだろう。大晦日も年明けも、彼女はアルバイトに出るからとシフトを入れた。年末年始が大忙しのアルバイト先は大繁盛で、とてつもなく忙しかったそうで、帰宅後にゲラゲラ笑いながら泣いていた。情緒が不安定だな。とは思ったものの、さほど気にしなかった。夜眠れないとか、過食気味とか、双極的な発言もあった。運動しなさいね。なんて、どうでも良い事を私は言っていた。人間関係がきわめて良好に見えた三女は、友達にも先輩にも、辛い事は何も相談していなかった。行方不明になって、様々な人たちに彼女のことを聞いたけれど、誰もが悩んでいるようには見えなかったと。

黒豆、煮てやれば良かった。そして、黒豆をだらだらとつまみながら、話をだらだらと聞いてやれば良かった。