これを書いたのは、朝6時。


すごくすごくへん。



朝の、か

夕方の、か

わからなくなりました泣泣泣



深夜2時過ぎに寝たのに。



睡眠がますますへん。




ここ10日くらいは外に出るのも億劫になってしまってました。出たらお金使ってしまうし。



おかずになる食品も冷蔵庫から尽きてしまいました。







前日は15時過ぎに、やるべきことをやろう!

今日はがんばるぞ!って…


なのにまた、理由なくおそれおののいてしまって

かたまって。

気づいたら18時くらいまで眠ってしまってましたし。




おかしな夢もたくさん見てました。




好ましい夢は見てないから

思い出し作業はしませんでした。





本当にくるしくなります。




わたしは、ふつうには元より生きられない人間だけれど


とは言え、


もうなんだかもわからない。







私はもともと特別にかしこくもないのに


精神的にやられてしまって

高校生のときにはへんな記憶喪失を起こしていて…



いまじゃあもっと病的。






元々の生活費が少ないのに

やたら高い国保と年金とでごっそり減る。


どちらで死ぬのかわからないくらい、少なくて

【一応生きられる】

程度を

【文化的】

と称して

その実ただ

【世界で最も平均寿命の長い国】

という

ただただ「世界で最も」な勲章のための

スケープゴートでは。





日本人(年より?)には、基本はアメリカ。


敗戦国なんだ!という自嘲、憐憫、いや劣等感。


それらの逆張りで国の向きを左右する行動をする。。。




逆に不勉強で「ふーん…わかんないや」

って人の方が自分にフタしてわめくなんて

面倒なことはしないだろうに。


だから多様性というのは必要なものとして

人類史にずっとあるわけで。



しかし貧困層や、力や声の小さいものたは

ただただ流れてくる汚泥を受け続けるしかない。。。






私やなんかのような層というか

外れにいる者は

「生きる価値がない」と思ったりする人もいる。


価値なんてそもそも誰にもないだろうに。

ダイヤと同じで、人が価値をつけただけだから。

同じ人間なのに誰かを「他人に価値をつける人」

が勝手にやってるか、

そういう人を見いだして「私に価値をお与えください」としているか。

思い込みなだけかもしれない。

共有している深層心理にそれが転がってるんだろう。




人は中途半端な神様もどきだ。


人の智慧というものは、

ただ、集団で夢か妄想を見ているだけかもしれない。


言葉はただのマジックだ。

言葉こそが。

操っているつもりでその実、操られている。


いまも。





国語の授業で習いはするけど

英文法の方が単純にわかりやすいと思うのが

主語、述語、目的語など。


主語と述語が明確。


日本語はそもそも主語がないこともある。



だからなおさら、自他の区別がつかない人がいる

のかもよ?



昔、亡母が友達から私宛の手紙、私信を勝手に開けて読んだことがあった。

それは日本の法律では親子でも罪だ、と指摘したけれども当時の誤ったアドラー心理学の影響なのか、「私がいいと思ったからいいんだ」と母は言いました。


「私がいいと思ったからいいんだ」は他人に対して発揮していいわけない。なんだって人同士そりゃあ少なからず影響は与えるにしても、自分の【他者に対する明らかな影響を及ぼす】行為、【他者の侵害になる】行為などは好き勝手にしていいわけない。

それなのに、そこをどのように説明しても亡母は理解しなかった。



【私がこの手紙を開けるかどうか】は【私が決めていい】

どちらも主語は【私】だけどね。

【この手紙】は【娘の物】なんだよね。

その前は【友達の物】だったんだよね。

でも、そこは理解できない顔をしていた。


聞き入れないってことじゃなくて

なにが?間違ってないのになんなの?!みたいな顔。



母の頭(精神)ではきっとこう。


じゃあアドラー心理学ってなんなの?わけわかんないわ。自分の行動は自分で決めていいし好きなようにしていいんだって話じゃないの??偉い人(先生←なんの先生か知らんけど)がそう言ったもん。


よくいうと【きまじめ】。



母は、主語や述語を分解して理解することは苦手だった。そう、論理、数学がすごく苦手だったそうだ。


論理と抽象はひとえのものだ。

そういう脳を鍛えあげるのは数学なのだ。


母は成績全般はよかったようだ。

高校で英語の教科書は三年分丸暗記してたそう。


教科書は丸暗記。ってことがミソだったんだ。



そこには子供だった私には思いがいかなかった。

親はおとなで自分よりずうーっとすべからく優れてるように思い込んでたのかも。






しかしそれは、


母に(のような人に)


因子を分解して組み換える力が

壊滅的にないのか、


【私】と【他人】の区別がついてないのか。


は、さだかではない。



でも母は【母子密着】の人でした。

平然と土足で踏み込む人でした。

すごくいやで、勘弁して!

って叫んでも聞かなかった。。。


本当にすごくいやでした。




母は亡くなる直前、高価で気に入ってたコートを

「これはあんたが着て」と言いました。



母はよく「これならあんたも着れるわね」

と言って買うことがありました。


2枚くらいは借りてきたこともあったけど、

サイズ、違うんです。


それに年齢差だってある。


似合う色柄も違う。



はっきり言っても聞き入れませんでした。

やだ、っていうのを、

しかも理由も明確にしてるのに聞かないって

すごく異常。


「あら、いいじゃない、私がいいと思うんだから」


って言うのでした。


狂ってるなあ…

だからもうスルーしてましたが。



そのコート、私は当然着ませんでした。






ドクターのYouTube見てたらまさしく

「母子密着は、母子で同じ服着るのはよくあるよね」っていうのを聞いたとき、

「そうそうそう!!ほんとそう!」って。

画面ごしなんだけど笑





昨日は、久しぶりになんとかして、息子も連れ出して買い物に行きました。そして服を選ばせました。



私が選んで買ったのを着ないくせに

自分で選ばないから。


着るのがない(着れなくなった)って。



食べ物もそうです。


買い出しはやだ、食べるものはー?と。



ごみは捨てない。


ドアは閉めない。


ほんとに腹立ちます。





…息子のぐちになりましたネガティブ




新しいほう、どうにかけばいいやらです。。。