こんな事を書くのもどうかしてるかもしれないですが、保育園だけでなく、幼稚園やPTA、学童クラブ父母会にも繋がることではないかと思い、書く事にしました。


かなり長くなります。
お時間のある時に読んで下さい。


テーマは
子どもが通った保育園の父母会を無くした理由とその後





子供の通った保育園で春の最初の父母会で、父母会の役員決めが行われました。
私は1歳児の息子のクラスに出席していました。
父母会役員さん2名がきて、役員決めを始めました。


1歳児は8人でしたが、みんな沈黙・・・ガーン


そのうち、一人一人に役員が聞いて、全員が「出来ない」と話しました。


息子は先天性甲状腺機能低下症と言う事もあり、夕方になると疲れてグダグダになり、9時には寝てしまうので、人の家で預かってもらうなど出来ませんでした。


実家は、つくば市から里帰り出産の妹と、腎臓に重い病を持った甥っ子が産まれ、
妹は3時間毎の母乳と、4時間毎の導尿で、殆ど寝られず、実家の母も導尿の手伝いで大変でした。


とても息子を預けられる状態ではありませんでした。


役員の一人が私に
「母子家庭の人だって役員やってる人はいる」
と言いました。


母子家庭と一括りにされても、家庭環境が異なります。
「出来ません」
と腹立ちを抑えて一言伝えました。


結局、くじ引きで決まったのは、上の子が別の園に通っているお母さんと、もう一人の人でした。

別の園にも子供を通わせていたお母さんは、翌年、別の園に下の子も転園しました。
小学校で一緒になりましたが、私の想像を絶する大変さだったと話していました。 


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私は、前年の役員の言葉を買うような感じで、次の年に息子のクラスで立候補しました。

1学年下には、役員経験者のお母さんがいて、父母会の段取りを全て熟知していました。


『上の子の時は、利益を上げる事が最優先とされ、大変だったので、今年は楽をしたい』
という話を聞きました。


余剰金も沢山あり、楽しむ事を最優先としました。


そして、徹底してこれまでのやり方を見直し、改善する所は改善をして楽をすることにしました。


それまでの役員は、いかに利益を上げて翌年への繰り越し金を増やすかと言う事が重要だったらしく、夏祭りのお弁当の食材は、チラシの特売日に車で買い出しに行ったりしていたようでした。

中には駐車違反切符を切られてしまい、自腹で違反料を払った人もいたようでした。


私たちは、地元商店街のお店に食材を注文しました。
ロールパンサンドのパンは切れ目を入れて納品してくれました。
唐揚げ用の鶏肉は保育園児が食べやすい大きさに切って納品して下さり、手間が減ってとても助かりました。

アレルギーを持つ子どもには、保育園の栄養士さんが、米粉でロールパンを作って下さいました。
また、豆乳のマヨネーズも貸してくださいました。
その他に、食材についての相談にも乗って頂きました。


イベントの計画を練る段階で、地元小学校PTAと同じ方法、保護者全員が1年を通して何か一つ係を受け持つ事にしましたが、実際には1/3の保護者があれこれ言って話し合いに出て来ませんでした。



イベントの出し物は、1つの教室はのんびりまったり出来るように、床一面と壁の下半分にブルーシートを貼った上に、模造紙を隙間なく敷き、落書き専用の部屋とした事で、のんびりくつろぐ部屋ができました。

子供だけでなく、保護者の中にも絵の上手い方がいて、落書きとして処分するのはもったいないイラストが描かれていました。


鉛筆 鉛筆 鉛筆 鉛筆


その年の運動会は、保育園が建て替えのため、私の母校だった小学校の校庭半分に、プレハブの園舎を建てて使わせてもらえる事になりました。


運動会も残り半分の校庭を、半日だけ借りて開催する事になり、父母会は保護者競技だけの運営となって楽だった反面、拍子抜けしてしまいました。



この頃から「父母会ってなんだろう?」と何度も役員仲間で話し合いました。




保護者全員が、イベントで何かの一つの担当になり、その話し合いを、園の部屋でする為には、保育士に保育の手伝いをお願いしましたが、それも結構大変でした。

保育士にも家庭生活があり、子供のお迎えや夕飯の支度があります。
また、翌日以降の保育の準備もしなくてはなりません。

今思うと、お礼を払っても良かったのではないかと思いました。
でも、保育園の方針もあるので、断られたかもしれません。



そして翌年になり、新役員を決める前に「父母会は必要か?」のアンケートを採りました。


「必要」と言う方も若干いましたが、
3割程度の人が「要らない」という回答でした。
その他は無回答
今となってみれば当然の結果です。




アンケートの結果を受けて、翌年の役員は決めず、
父母会休止
私は3人の世話人の一人として、主に会計担当で残りました。


父母会休止に向けては、まず総会で無期休止に持ち込む決議を採りました。


次に、30万円程度あった積立金を使いきる為のイベントを開催しました。

①英会話の講師を呼び、園児に英会話教室を開催、
と同時に、英会話教室の子供を待つ保護者同志の交流が出来る場所や飲み物・お弁当を提供。

②園に5月の兜や鯉のぼりが無かったので、現品を寄付。

③残った数万円で、図書券や赤い羽根募金として、園に寄付して使い切り、父母会は無期休止になりました。







その後、息子も卒園し、同じ年に役員をした仲間+αとは話が合い、食事を一緒にしたこともありました。


その後、園の様子が変わってきたという話を聞きました。
窓から園児が隣家の人に「ババア!」と叫んで苦情が来た話などを聞きました。


また、保護者が個別に園に文句を言って来るので、園長は困って、かつて役員をしたことがある保護者に
『父母会をもう一度始めてくれないか』
と打診があったとも聞きました。


それを聞いて、やっと父母会の存在理由

がわかりました。


活動が大変すぎて、父母会やPTA活動そのものを否定する保護者も多いです。

でも私は、父母会活動をしたからこそ出来た「学年を超えた」保護者友達が出来た事は、とても良かったと思っています。

なかなか他の学年の保護者とは話が出来ませんから。

以上。


最後まで読んで下さり、ありがとうございます🙇‍♀️