数年前の私の話です。





前の職場に派遣社員として採用されて、初出社は私一人で行きました。
普通、派遣社員は初日は営業さんと一緒に行くものなのですが、『一人で行って下さい』と言われ、問題無く出社しました。
数日後に新しい派遣会社の営業さんが挨拶に来られて、その時に初めて辞めた事を知りました。
私が入社して二週間程度で引き継ぎをしていた人が辞めてしまい、翌週にはもう一人、仕事を知っている派遣社員さんも辞めて、よくわからないながらも、
『来月からもう一人来るから』
と上司にいわれ、何とか切り抜けていました。
実際、もう一人の派遣社員さんが入って来てから仕事量的にも、精神的にも楽になりました。
私はもう一人の派遣社員のことを相方と呼びました。
相方は上司ともフランクに話せる人で、そのうち上司から仕事を依頼される事も増えました。
私は仕事がない事も度々あり、派遣会社の営業さんから
「『もっと仕事をしてください』と言われています」
と告げられ、涙ながらに訴えた事がありました。
相方を恨む事もありました。
そんな状態が数ヶ月続きました。
でもある日突然
「私は私ができる事をやれば良いんだ。」
と考えました。
きっかけは、相方の梱包のテープの止め方が汚いと、いつも来る宅急便屋さんに言われていたのを聞いた事でした。
確かに止め方が汚いと、他の荷物にもくっついてしまいますから。
できる事をやれば良いとわかった時から、ものすごく心が穏やかになりました。
そして丁寧さを心掛けるようになりました。
その後、2つのビッグイベントの担当が割り振られました。
展示会は私が担当になり、
会社の周年記念パーティーの担当は相方になりました。
展示会は毎年やっていた事なので、少しではあったけれど前年のデータが残っていたり、他の部署の人に聞いたりできました。
一方、周年記念パーティーは、はじめての事に加えて、社長の意向でイベント会社を使わずに自分たちで計画・実行しなさいと言われました。
会場であるホテルとの打ち合わせや、引き出物の選定、当日の設定やタイムスケジュール、司会の台本などを全て相方が中心となって計画しました。
私には到底出来ないジャンルの事ばかりでした。
でも相方は新しい上司とは相性が悪く、大声で喧嘩する事も度々ありました。
相方はその度に席で上司の悪口を言いながら仕事をしていました。
パーティーは無事に終わりましたが、その翌日、上司が相方を辞めさせるように進言した手紙を相方がたまたま見つけてしまい、派遣会社に相談の電話を入れました。
翌月、彼女は契約書通り終了となり、辞めて行きました。
後で考えた事ですが、周年イベント開催は私には無理な事だったので、彼女に来てもらったのではないか、と思いました。
そして私が辞める数ヶ月前に転職の時期について街の占い師に聞いたところ、新しい上司とは前世でもお寺のような場所で子弟関係だったと言われて驚きました
相方が辞めてからも、私ができる事で周りの人を助けようと思いました。
その気持ちは今も、これからも変わりません。
