〔設問1〕
近代においては、絶対王政から市民革命、資本主義の成長、共産革命など、社会構造の変化の中で、パレートの言う「エリートの周期的な交替」があった。例えば市民革命では、市民の意思を背景に王政を倒した者も、権力を手にするとこれを独占しようとしたし、共産革命では「人民のため」と言いながら、一党独裁の権力集中が見られた(旧ソ連、中国など)。
こうした中で学歴主義は、当初こそ、貴族など、特定の階級が高等教育を受けることを独占していたが、徐々に、より多くの者が教育を受ける機会を持てるようになり、「特定の階級」から様々な階級へと広がっていった。そして、学歴が人の評価尺度となると、エリートは特定の階級に独占されなくなった。古くは中国の科挙があったし、戦前の日本では帝国大学という仕組みがあった。
こうして、学歴主義は、特定の階級から別の階級へと、権力が劇的に交替することを緩和し、階級闘争を経ずに、エリートの交替を促進するという機能・役割を果たしたと考える。
〔設問2〕
ドラッカーの主張を素材にすると、各時代において最も価値の高い「生産の資源」を保有し、使いこなす者がエリートだと言える。従来は土地・労働・資本を保有し使こなせる資産家がエリートだった。そして、ポスト資本主義社会では、特許やアイデア等、知識を有しこれを使いこなす者がエリートとなる。
現代日本では、いまだ「ポスト資本主義社会」が実現しているとは言い難い。欧米と異なり今でも製造業が中心産業であり、コンテンツ産業等サービス産業は、一部で大きく成功しているが、十分ではない。
このように考えると、現代日本におけるエリートの主流は、輸出競争力のある自動車産業等のトップ経営者層であるものの、一部、成功したコンテンツ産業やIT産業等の創業経営者なども、エリートであると言える。
〔感想〕
教養はAを取るつもりだったし、過去2回の予備論文でもAだった。特に去年は書きながらAを確信した。
しかし、今年の問題はさっぱり、何を書けというのか、ちんぷんかんぷんだった。
今思うと、設問1では、エリートが、より普遍的に「多数者の利益を代表するようになる」仕掛けとして機能したことを書かせたかったのだろうか。最後の役割のところで、この趣旨を書くべきだったか。
設問2では、「エリートの役割」などを訊いてくれれば書きやすいが、「何か」と言われれば、「○○だ」と答えないといけないから、非常に、まったく、ワケが分からなかった。本当に分からず、今でも分からない。
そんな感じで、今回は全く自信なし。