しかしあと14kgも減量てどないすんねーん!…とか思うわけだが、鏡の前に立つ度に納得せざるを得ない。
よくもまぁ、こんなに無駄な肉をため込んだものだ。

この無駄な肉どもは私の生活習慣そのものなのだ、と考えると恐ろしい。今現在どれだけ体が軋むかは、今までどれだけ運動できない体で生きてきたかの証明である。私は私の揺るがぬ財産たるこの体を、ろくすっぽ活かさずに生きてきたのだ。危機感を失い、漫然と生きてきたことの証左。それがこの軋み、無駄肉の量として、鏡越しに私に突きつけられている。

何度も言うが、私はスポーツを奨励する気持ちも讃美する気持ちも持ち合わせていない。ただ、この体の運動能力を使わないことが、どれだけの可能性を殺しているかを痛感し、改善しようと試みているだけだ。スポーツなんてどうだっていい。しかし体が動くことは尊い。それだけの話。

仕事するにしても、何をするにしても、一番身近で欠かせない道具はこの体。これの性能がよければ、何をするにもパフォーマンスが向上すると考える。
世の中には別の方法で…たとえば屈強な精神力や、研ぎ澄まされた知性でもって、全体のパフォーマンスを向上する方もいらっしゃると思う。しかし私はこのどちらもがマズい。最も適しているのが、この身体性主導のやり方なのだ。多分、おそらく、なんとなく。

そのまず第一段階が減量。私は愚かにも、世間様が仰るところの標準体重というものを目安にしようと思っている。その基準への疑念は尽きないが、そこが一体どんな場所なのか。そこから見える景色はどんなものなのか興味があります。そこで私は何を感じ、何を思うのか。多分、「お腹すいた」とかだと思うんだけど、それを実際に感じてみないとわからない。

そして、実はそんな目標は大して重要じゃなく、毎日運動できればそれでいいと思ってることを暴露し、この長文が如何に無駄なことであったかを確認したところで筆を置かせていただきます。