私はどうしても取り戻さなきゃいけない気持ちなんだけど、そうすることは外から見ればマイナスからゼロへの復帰だが、一方向へのみ進む自分の時間の流れの中では進化なのです。

自慢どころかお恥ずかしい。

やっと普通に役割を果たせるところまで、イメージは出来ました。

普通、って言葉は難しいけど、その基準を定めることが第一歩だったようです。

守りたいルールがあります。

そう思えるまで長かったけど、何とかたどり着けそう。

たどり着いた、と言えるのは、それを続けたときであり、そのタイミングは一体何年後、何十年後かわかりません。

不動のものになる日など、来ないのかも知れませんし。

ただ、回転軸となる自分の芯が無いとなると、どんな不自由よりもしんどいことは身をもって知ったつもりです。

しんどいのは、やだよ。

体の疲れなんかどってことない。

無軌道な精神の暮らしは、自由によく似てる気がしたんだけど、ただの自堕落であって、それはどんどん私をしんどさへ追い詰めた。

自分内ルールを厳守しなければ!

それがどんな個人的な思い込みでも、非効率な方法でも。

これを軸として回転することが暮らしの秩序と喜びなのでしょう。

ルーティンを確立しよう。

回す回す、私の暮らし。

どう足掻いても、同じとこには戻れません。

回転を疑わず、恐れず。

軸を信じて回り続ければ、いつかキレイな球体になれるかもな。

なれないかもな。

どうなるかは、お楽しみ。

楽しみに出来るなら、何も迷わなくてよさそうだ。