頭の中は何よりも自由なはずだ。

その自由を縛り付けるのは、情報に左右される弱さであったり、積み重ねた経験であったり、技術の拙さであったり、その逆の達者さであったりもする。

その現在地によって、頭の中の自由への縛りは様々あって、努力で克服できるものも、そうでないものもある。



すなわち、この自由な発想に対する縛りという名の足枷こそが個性である。



んで、足枷を外す努力ってのは、そりゃするのもひとつのやり方かも知れんけど、足枷の付いた中での表現をやりきったわけでもないしなぁと。

現状やれる範囲ってのを確認する意味でも、とにかく行動をすべきなのだ。

考えてる暇はない。

外すべき足枷は、行き詰まってこそ明確になる。

漠然と新しいスケールを覚えようとしても身に付かなかったりするのは、そういうことなんだと。

たとえばペンタだけで行き詰まることなく30年ギター弾いても、それはそれでいいじゃない。

まずは弾く。

やれることだけで突っ走る。

それが出来なきゃ次はない。

コードもそうだ。

今までの曲に必要なものしか覚えられてないもんな。



行き詰まってみなさいよ。

そこまで行ってみなさいよ。

全部つまらなくなったら、新しいこと覚えるだろう。

楽しいうちは、まだまだこのまんま。