精神力が低下したら、歌うのがよい。

体が疲れたら、食べるのがよい。

一番よいのは、疲労など忘れてしまうことだ。

長いトンネルの中では、なかなか疲労のイメージを払拭できないけれど、「そうでもないな」と思えるときがある。

実際はそうでもないのだ。

そうでもないと思えるように、意識的に努めれば、意外と大丈夫なことは多い。

その切り替えは難しい。

しかし難しいと認めるから難しくなるのも事実。

精神は自由だ。

それを自在にコントロールするのは、それもまた精神であるので、これはまたややこしい。

落ち込んでる精神を、精神力で持ち直すのは大変。

だから決まり事を作っておく。

この曲を聴いたら、この人と話したら、この本を読んだら、この人の顔を見れば、あの頃を思い出せば、あの店でメシを食えば、この歌をうたえば…

ルールを決める。

ジンクスってのは他力本願っぽいので違う。

そうでもない、と思うきっかけを作っとく。

仕掛けとく。

根拠なんかはなくていい。

あ、ここで「そうでもない」と思わなきゃいけないんだけど、実際どうかな?そうでもないかな?

そう考える時間ができればいい。

やりたいことじゃないこと、やらねばならぬ。

それは自分が欲張りだから、仕方ない。

人の親として機能してやろうという、大きな欲を抱えているのだ。

家族を支えようなどと、身に余る欲を抱えているのだ。

毎日しんどくて当たり前だ。

毎日削れるから、毎日肉盛りしてやらなくちゃなんね。

繰り返し、繰り返し、現状維持だけでも大変だ。

体力では、おそらく飛躍は難しい。

しかし精神ならば、いつでも飛べる可能性はある。

迷いが一番邪魔な奴で。

調子のいい自分を疑わなくていい。

悪いときには疑うのだ、そうでもないんじゃね?と。

やれるやれる。

やりたいようにやれる。

義務感なんて、感じてる場合じゃない。

歌うのも欲で、親らしくいるのも欲だ。

自分がそうありたいだけ。

己の欲望を他人や状況に尻拭いさせようなんて、叶うはずがないわな。

死んだ人もごめんな。

ここは俺が望んだ場所で、望み続けてる場所だ。

あ、全部やりたいことだ。

そうか。

やりたいことなら、なんぼでも出来るよ。

それが出来なきゃ、死んだ方がマシなくらいの大ウソツキになってまうやん。

それはアカンですやん。