そもそもがボランティアの集まりであって、勝負の結果より参加することに重きを置くのが、公の活動指針である。

だがプレイヤーの気持ちは練習すればするほど勝利に飢えるもので、この時点で既に明らかなねじれがあり、この活動の困難さのいち要因である。

だから、自分の娘だけでも鍛えようと思うのだ。

自主練習はボランティアと関係ないから。

我が家の教育方針ですから。

闘争心の芽生えてない我が娘には、それを補って余りある技術を叩き込もう。

積み重ねが自信となり、自信が勇気を与える。

まずはそこから。



口先だけの負けん気など邪魔なだけだ。

気持ちはプレーで表現するもんだ。

僕も娘も、他の子供らも甘ったれだ。

逃げのパスより無謀な突破を選ぶ奴に育てたい。

良いか悪いかは知らんけど、そういう奴らのプレーのほうがワクワクするのだ。