ちょっとしたきっかけから、サッカー関連のニュースを読んでいて、1個2個リンクを辿ると協会と宗教の癒着の話に辿り着いた。

どこにでも出てくるのな、あの学会。

こちとら監督との相性が悪くて選ばれない選手の無念さを思うだけでモヤモヤするのに、宗教まで絡んでますか。

ま、真偽のほどはわからんつーのは当たり前としてもさ。

萎えるわ、お偉いさん方よ。



組織がある以上、多少の政治的な問題はあるだろうし、金が要るっていうのもわかる。

だけど、私腹を肥やすために組織を動かす奴ってのが出てきて、本末転倒になっちゃうのはこれ、世の常なんでしょうか。

ま、誰が儲けても、見てる分には関係ないし、それで組織をいい方向に動かせるのなら文句ない。

だけど組織はボロボロ、しかも純粋にサッカーが上手い(だけの)奴が選ばれない代表になってるんだとしたら、希望がないじゃろ。

希望をないがしろにすんな。

誰だって、その努力や苦労や鍛錬の先に、希望を見据えられないことほど辛いことはない。

自己責任を意識できるまで成長してれば、腐れた世の習わしも発憤材料のひとつとなるけど、そこまで到ってない子供らには、もっと希望を示してやらなけりゃいけない。

それが偉い人の役割じゃないかと思う。

自分の身の回りだけを豊かにする奴は、ちっとも偉くないのだ。



キラキラと輝く希望を、子供らに示してやりたいぜ!

それが別に、「楽しい酒の飲み方」でもいいのである。

子供らのちょっと先の人生に、面白そうなもんを置いていけたら、親として嬉しいなっつう話。

ま、子供の道は自由なので、それを縛ったら駄目ですけんど。