ふむ、今日はどうやらバタバタする必要はなくなったようだ。

夜は予定通り、DSK宅にお邪魔しよう。



ギターが巧くなりたいという漠然とした願望はあるのだが、あまりにも漠然としすぎて何から取り組めばいいのかわからない。

巧さにも、いろんな種類がある。

速さ、正確さ、深さ、リズム感、展開力、意外性、華やかさ、渋さ、多彩さ、朴訥さ…。

相反する巧さもある。

自分がどのようなギタリストになりたいか、まずはイメージしなきゃ。

まぁある程度のイメージは、さすがに持っているが。



僕はもう少し、様々あるギターの奏法というものを知るべきだと思う。

常套句と呼ばれるもの、ギタリスト個人の名が付くようなもの、とにかくまずは知るべし。

で、チャレンジしてみるべし。

ギターは既にいろんな人がいろんな奏法を編み出しているのだから、先人さん達のその努力の結晶は享受すべきと思う。

そこから新しい何かが作れれば、僕もそちら側に仲間入り出来るのかも知れないが、さすがにそこまでは望んでない。

ギターを弾く以上、ギターで出来ることを沢山知りたいだけだ。

実際に身に付くかは、センスが問われるところなのでわからない。

人間には向き不向きというのがある。

でも知るのとやってみるのは大事と見た。

もっと知りたいのだと、ギター歴17年にして気付いたのである。

おっそ!気付くのおっそ!



表現の幅を広げるには、手癖からの脱却は至上の命題。

しかし目標は、手癖を豊富に持つことだったりする。

いろんな色の引き出しが、手癖レベルで身に付いてれば楽じゃね?

理想論すぎるかな。

でも弾いてる最中に、一音一音、次の音はどうしようって考えながらは弾けないと思うんよね。

ということは、ある程度の流れはありきとして考えるべきで、その流れは手癖と呼べるんじゃないかと思う。

いろんな表情の手癖を持ったらいいんちゃうかと。

まずは喜怒哀楽。

から更に細分化。

最終的には、タンスの角に小指をぶつけたときの泣き怒りみたいな感情を表現できたら、すごいっすやん。

いやー、こりゃ長生きしないとなー。

80歳くらいには、一人前のギタリストとしてデビューしたいな。

間に合うかな。

まぁあと47年もギター弾いたら、そこそこ巧くなるやろ。

まずは生きよう。