昨晩はスタジオ、キャップライス。
ギターはテレキャス。
でもキャップライスは、けっこう何でもいける口。
ここのところベースウエノが3連休。
去年の秋に勤め先が変わり、不慣れな様子。
事情が事情だけに致し方無いが、前に進まぬもどかしさはある。
ベースの音がないと、寂しいし。
ウエノのベースが占める役割も大きいし。
早く落ち着くといいな。
バンドとして停滞してはいても、個人的にはやりたいことは多いので、そっちに意識を向けるべし。
まず歌詞を書く。
昨年中に書く誓いを達成できず。
自分に甘すぎる。
あと、もっとギター弾きたい。
触れてる年数の割に、技術も知識も拙い。
知識はまぁ、実はどうでもよかったりする。
どちらかというと、知恵か、欲しいのは。
セッションの場での多様性を持ちたいのだ。
フレーズの思いつき、それから指先で音を作る際までの連絡のスピード。
そして何種類かのアプローチの方向性を持ちたい。
これはやはり、知識というよりは知恵ではないかと思う。
そしてそれらを得るためには、ひたすらギターを弾きまくるという、愚直な修練を重ねるしかないという気がする。
正確性が反復練習から生まれるという事実はもとより、「どこをどう押さえてどう弾けばどう鳴る」というようなことを感覚として把握するレベルに至るには、その方法しかないと思うのである。
気が遠くなるほどの積み重ねが必要だろう。
まぁ今まで弾いてきた時間も積み重ねの一部と思えば、それをもっと効率よく意識的に取り組めばいいだけだし、道の途中に居られたことを幸運にも思える。
手を合わせたい気持ちだ。
何に…というわけではないけれども。
さあ、そんなわけで、仕事なんかしてる場合じゃない。
こんなもん、ちゃっちゃと終わらせて、やりたいことやろうぜ。
それで満ち足りた気分になろう。
どうせ何もない。
やりたいこと以外は、何もない。
やりたくないことは、あっても、ないようなもんなのだ。
何もないような事柄に、振り回されるのは違うと見た。
当たり前かそうか。
じゃあ今日から、みんな元気だね。
ギターはテレキャス。
でもキャップライスは、けっこう何でもいける口。
ここのところベースウエノが3連休。
去年の秋に勤め先が変わり、不慣れな様子。
事情が事情だけに致し方無いが、前に進まぬもどかしさはある。
ベースの音がないと、寂しいし。
ウエノのベースが占める役割も大きいし。
早く落ち着くといいな。
バンドとして停滞してはいても、個人的にはやりたいことは多いので、そっちに意識を向けるべし。
まず歌詞を書く。
昨年中に書く誓いを達成できず。
自分に甘すぎる。
あと、もっとギター弾きたい。
触れてる年数の割に、技術も知識も拙い。
知識はまぁ、実はどうでもよかったりする。
どちらかというと、知恵か、欲しいのは。
セッションの場での多様性を持ちたいのだ。
フレーズの思いつき、それから指先で音を作る際までの連絡のスピード。
そして何種類かのアプローチの方向性を持ちたい。
これはやはり、知識というよりは知恵ではないかと思う。
そしてそれらを得るためには、ひたすらギターを弾きまくるという、愚直な修練を重ねるしかないという気がする。
正確性が反復練習から生まれるという事実はもとより、「どこをどう押さえてどう弾けばどう鳴る」というようなことを感覚として把握するレベルに至るには、その方法しかないと思うのである。
気が遠くなるほどの積み重ねが必要だろう。
まぁ今まで弾いてきた時間も積み重ねの一部と思えば、それをもっと効率よく意識的に取り組めばいいだけだし、道の途中に居られたことを幸運にも思える。
手を合わせたい気持ちだ。
何に…というわけではないけれども。
さあ、そんなわけで、仕事なんかしてる場合じゃない。
こんなもん、ちゃっちゃと終わらせて、やりたいことやろうぜ。
それで満ち足りた気分になろう。
どうせ何もない。
やりたいこと以外は、何もない。
やりたくないことは、あっても、ないようなもんなのだ。
何もないような事柄に、振り回されるのは違うと見た。
当たり前かそうか。
じゃあ今日から、みんな元気だね。