39時間のあと、職場でそのまま撃沈。

起きたら夜中1時前。

ああよく寝た。

その後、家に帰ってメシ風呂寝直し。

翌日はやっぱ残業で午前様。

そんで問題は今日。

ドギツイ納期をクリアした後に訪れる、脱力感。

ああ、ダラダラしてますわ。

しかし明日も納品があるので、やっぱ残業になっちゃうのよね。

ダメな奴や、わいは。



だけどまぁ、燃え尽きるのもしゃあないわいと、明日へ向かって切り替えるしかない。

こんな自分は、責めて然るべき人間かも知れん。

責められるのとは違う。

自分が自分を責める気持ちの話。

自分を許せない気持ち。

「ああ、なんとだらしなく、なんと情けない」という気持ち。

そんな時、他人に責められるよりも、立ち直るのに時間がかかる。



やりたくない事を、やらなきゃならない。

大抵の人は、気の進まない義務を背負わされ生きてる。

そこから逃げられるなら、逃げるのもいいんじゃないか。

だけど、逃げたくない様々な理由があるから、逃げられないままそこに居続ける。

困っちゃうよな。

気持ちに折り合いをつけるのって、難しい人もいるんだよな。

滅私奉公にはまれない、自己の欲求が強い人っているんだよ。

「我慢が足りない」と、反論しづらい言葉がすぐ思い付くけど、そんなん「足が速くなりなさい」っていうくらいの無茶振りなんじゃないのかい。

人(自分)を動かせる説得なんて、簡単じゃない。

そんなもんは無いとさえ思う。

天の邪鬼だから、余計に。



だからもう、想像するしかないのだ。

仕事を、作業を全うすることで、変わるかも知れない何かを。

ただ繰り返し繰り返し働くことで、得られるものを。

ただ地道にひたすらに続ける姿が、今はただそれだけのことだとしても、いつか我が子の糧のひとつになるかも知れないことを。

想像するしかないのだ。



いいことも、わるいことも、どんな姿でも。

親の背中は見てるつもりが無くても刷り込まれてるもんだ。

模範になるほど偉くはねぇし、そんなつもりは無い。

僕はまだ、受け取る側としての意識も強いけど、我が子に対しては渡す側でもある。

子供から受け取るものもあるけど、子供らが無意識のうちに親から様々なものを受け取っていることは、忘れちゃいけない。

重いけど、そりゃそうだろ。

「そら重いわ」って口に出すと、当たり前すぎて気持ちが軽くなるから不思議。



楽しいことは、むしろほとんど楽じゃないし。

じゃあしんどいことが、ほとんど苦痛に繋がるとも限らんてことか。

どうやろね。

まぁでも、今やってる苦痛な作業が、それを繰り返すことで、何年先か、何十年先かに繋がるような、そんな想像を、時間をかけてでもしてみりゃいいじゃん。

妄想でもいいじゃん。



あー、唄いたくなってきました。