前に出来たことを、一旦出来なくなってしまって、それをまた出来るようになろうとするっつー意味では、この日記はやはりリハビリとしての意味合いが強い。

ギターに関しては、以前3年ほどのブランク(と自分では思っている)を経てからは、感覚的な部分が全然取り戻せてないと思えてならない。

しかし今のリハビリというのはそういう意味ではなく、もっとこう生活全般、大袈裟に言うなら生き方そのものを再確認する作業のように思っている。

それほどに大きなものを失った…と認めるのは癪に障るが、まぁそれしか考えが及ばない。



立て直しの目処はたっている。

現状に慣れてきた、という表現が相応しいだろう。

ただ、もう一押しのところで何か踏みとどまらせるものがある。

それも何が原因となっているのか、わかっているつもりだ。

詰まるところ、向き合うべきものに対して向き合えていないのだ。

意識的に避けている。

一度向き合えば、とても深いところに落ちてしまいそうな気がするから。

その予感に関しては、大袈裟ではないという確信がある。

いずれは向き合わなければいけない。

だけどタイミングが違う。

落ちている場合じゃないのだ。

食わせなきゃいけない家族がある。

今はそれ以上に優先するものがない。

頭の中のモヤモヤに時折苦しめられようと、止まっている場合じゃないのである。



長期間で考えるとまた話は変わってくるけど、1日1日を楽しく過ごすのにギターは最も大切な存在で。

好きなギターを眺めるだけでも嬉しい気持ちになるので、なんだか変態っぽいなと自分で思う。

いろんな形のギターを弾きたくなるのも、ただ「いろんな形のギターを弾きたい」という欲求を満たすためというところが主で、実際は音がどうこうとか関係ないのかも。

先週はSG、今週はテレキャス、昨日はレスポールスペシャル…これくらい節操がない。

「この一本」というギターを使い続けるギタリストが好きなんですけどね。

昨日は寝てる嫁さんを起こさないように、こそ泥のように気配を消して寝室のロフトにはしごを掛け、暗闇の中、スペシャルを引っ張りだしてくるほどの欲求にかられた。

それでやっと満たされる。

しかしスペシャル弾きやすかったな。

カッティングが楽にバシッと決まる感じ。

アンプは通してないんだけども。

楽に、っていう感覚は嬉しい。

いろんなギター触ってると、やっぱ触覚がぼやけるので。

自分はフェンダー系に慣れてるつもりだったので、意外な発見でした。

また飽きるまで、これでいこう。

なんつーか、音は100点てないような気がする。

どのギター弾いても、何か足りなく思ってしまうし。

バンドの音が、まだいまいち煮詰まってないのも原因ではある。

最近、バンドではそのへんを意識的に取り組んでいるので、言いたいことを言うのに少し体力はいるけど、手応えは掴みつつある。