今月のチャリ通途中経過(通称”月チャリ”)・・・9(チャリ)/14(出勤)


本日もチャリ通。


先週まで、朝夕の時間帯はわりと涼しく、自転車を漕いでもそれほど汗は流れませんでしたが、今週に入ってからというもの、本格的に暑くなってまいりまして、汗も流れるほどに。


まぁそれでもまだ、清々しいレベルです。


太腿の筋肉に疲労が感じられ、少し重い。


負荷は少ないように心がけているものの、やはり蓄積するのが疲労。


毎日ストレッチするようにしよう。


すぐ忘れるんよな、ストレッチ。




昨日は出産した妹の見舞いに。


母子ともに健康そうで何より。


というか、特に母のほうが元気すぎ。


あまりにケロッとしているので、拍子抜けしたのであります。


ウチの嫁さんなどは、出産時の出血も多く、また輸血を受け入れ難い体質だそうで、出産の後はしばらくヘロヘロだったように憶えています。


うーむ、我が一族は、体の丈夫さだけは人一倍のようである。




しかしまぁ、5つ年下の妹も、いよいよ2児の母ということで、たくましくなったものだと感心する。


男親というものは、子供が出来てもあまり変わらないので、なんだか置いてけぼりを食らったような感覚になるのである。


これは、自分の嫁さんに対しても同じ。


人は誰しも日々成長するチャンスはあるのだけれど、出産・子育てによって飛躍的に変化する女性に比べ、男は随分とのんびりしているような気がするのだ。


そんな僕でも、独身の友人からは、「(やはりそれなりの)落ち着きを感じる」と言われることもありますので、子を持つ親として、ジワジワと成長しているのかも知れません。


まぁ、いいように受け取ってますけども。




でも人間、落ち着けばいいのかっていうと、必ずしもそうではないと思うわけで。


結婚して、子供が出来て、親としての自信もそこそこ芽生え。


それはそれで素晴らしいことだと思うのですが、それだけに満足して、何か悟ったような気持ちになるのは嫌だ。


親としての役割は大事だけど、可能な限り自分のやりたいことはやりたい。


子供を育てるために何かをあきらめるということは、なんだか自分の至らなさを子供の存在に擦り付けているようで嫌だ。


優先順位さえ間違わなければ、そういう考え方もいいやないかと。


迷ったり、悩んだり、するべきなのだ。


まだまだ知ったり気付いたりしたいのだ。


死ぬまでそういう気持ちでいたいなぁ。


音楽をもっと作りたいなぁ。