アメリカ村はBIGCATにて、黒鉄ゾンビのライブを観てきました。
ゾンビを観ると、自分もライブをやりたくなってしまう。
僕にとって黒鉄ゾンビとは常にそういうバンドで、それは初めてゾンビを観たあとに、自分のバンドを再結成してしまったあの日から変わることがないのです。
僕にとっては、いつも初期衝動を突きつけてくれる、大切なバンド。
それはやはり、そこに確かにロックを感じるからなのでしょう。
昨晩も、素晴らしいライブでした。
ご本人たちも反省してらっしゃいましたが、決して演奏力は高くありません。
僕が言えたこっちゃないですけどね。
ロックだから演奏力がなくてもいい!とは言いませんが、演奏力以前に持ち合わせていなければいけないものというのがロックバンドには必要であると考えています。
実際、演奏力がいくら高くても、それを持ち合わせていないバンドには、魅力を感じません。
ゾンビにはそれがある。
だから何度でも、観に行ってしまうのです。
友達感覚なんかじゃないのだ。
黒鉄ゾンビが今以上、多くの人に支持されるには、どうすればいいのか。
余計なお世話ながら、考えずにはいられません。
しかしそれを考えたとき、自分自身にも通ずる問題点が見えたりします。
ロックバンドには、勢いでワーッといってしまう部分は絶対必要で、それがないとダメとは言いませんが、面白くはないです。
だけど、勢いでいくということと、演奏がずさんになるということは、必ずしもイコールではない。
正確に紡ぎ上げるからこそ、勢いが生まれるということは、音楽にはあります。
それはロックで言う勢いとはまた別の種類のものかも知れませんが、僕は今、自分自身の課題としてその部分を重要視していて。
正確さばかりが演奏力ではないですが、やはり必要なものだと思います。
演奏の正確さを得るのには、どうすればいいのか。
これ、自分の問題として、考えています。
やはり、個人の意識は大切。これは大前提。
プラス、バンド内にうるさいやつが必要。
だと思います。
周りの演奏を注意深く聴き、細かい部分まで突っ込める人間。
こういうやつがいると、バンドの演奏は引き締まるんじゃないかしらと。
おそらくキャップライスでは、これは僕の役割です。
キャラ的に。
体格的に。
うーむ、僕がヘラヘラしてたらダメってことか。
演奏力がどうのこうの言ってますけど、決して技術的に難しいことが出来なければいけないとは思ってなくて。
僕自身、聴き手としてロックバンドに求めるものって、難解な技術ではなく、意外性のあるアイデアとか、鷲掴みにされるようなグルーブなんですよね。
バンドが表現しようとするものに対して、必要なだけの演奏力。
だから僕が求める演奏力というのは、えー・・・(いろいろ説明する技術がないので大幅に端折って言ってしまうと)「バンドの息がピッタリだー!」みたいなことなんです。
いや、なんか違うな。
それも大事なんだけど。
まぁいいか。
ただ、先にも書きましたが、演奏力以上に大切なものがロックバンドにはあるわけで。
それを言葉にするのは難しいのですが。
なぜならロックの魅力というのは、これといったものが決まってないから。
「ロックは最後の価値観」と、昔ヒロトが言ってたなと。
つまりはどんな人間にも、ロックという価値観は平等なんだと。
まぁ、理解できてるような、でも上手く説明できない言葉なんですけども。
誰にだって可能性があるから、飛びぬけるのは難しいな。
だけど、可能性があるのはやっぱいい。
ああ、優しいから好きなんだ。