「裸だったら何が悪い!!」


草なぎ君は間違ってません。


僕らはみんな、裸で生まれたんだから。


ただその主張が、時代に合わなかっただけです。


何万年かずれちゃっただけの話。


その心意気は素晴らしいと思う。




さて、関係ない話しますけども。


最近何だか、特にご奉仕に関係するようになってからというもの、僕はもう何でもかんでも丸く納めようという人間になっちゃったような気がして、若干焦りを覚えています。


ロックはやっぱ、反抗の音楽という面も強くあるわけで、僕はそれに沿えない人間になっちゃったのかなと。


ん?待てよ。


そういうものに沿うこと自体が、ロックではないのか。


反抗しないことが、むしろ反抗なのか。


なんだ、結局どっちでもいいのか。




まぁ、譲れないところは持ちながら、でもそれ以外のところでは、あんまり波風立てたくないなぁというのが正直な気持ち。


大人になるにつれ、「どっちでもいい」ってことが増えた。


それはネガティブな意味だけじゃなくて、自分がやりたいこと、やるべきだと感じることの範囲が明確になってきたというのもあると思う。


何でもかんでも喚いていれば、何となく主張した気持ちになれてた時期を過ぎて、自分がやりたいことのみに対して、真っ直ぐ向かえるようになってきた気がする。


・・・っていうのは、まぁ人によっちゃ言い訳とも捉えられるわけですがね。




しかしそれは、己の限界を感じてしまってるという部分が少なからずあって。


何にでも噛み付いてしまうことは、それは何にでも干渉してやろうという、逞しい意思の表れでもあると思うわけで。


それが少なくなってきてる僕は、やっぱ、着実に大人になってる。


それは、いい意味でも、悪い意味でも。


なんか寂しいような、複雑な気分。




それでもやっぱ、感情はストレートに表現したい。


なかなか素直にはなれないけれど、そういう部分を補うために、音楽をやってる気もする。


単純に、音楽が好きっていうのも、もちろんある。


ああ、何が書きたいのかわからなくなってきたな。




まぁこういうふうに自分が大人になったなーなんて思うきっかけとして、ご奉仕の存在は大きい。


ご奉仕をやっててよかったなと思うことは少なからずあって。


それは、そんな大袈裟に発表するようなレベルでまとまった意見を持ってるわけじゃないんだけれど。


ひとつ大きいのは、学校の先生を尊敬できるようになったこと。


先生という仕事の大変さを、少しだけでも理解できるようになったと思っている。


数十人の子供らを相手に、何かを教えるという作業は、非常に大変なこと。


というか、授業なり、スポーツなり、何かひとつのことを円滑に進めようとするのが、どれだけ大変なことか。


モンスターペアレンツの問題とか、やっぱ身近に聞いたりするんだけれど、そもそもその始まりって、教師よりも親のほうが、より高い学歴を持ってしまったところから始まってるとか聞いたことがある。


親が教師をなめてしまうということらしい。


その一点に絞るなら、その親はほんとに勘違いをしている。


教師というのは勉強を教えるだけじゃなくて、っていうか実はそれはほんとは大した仕事じゃなくて、沢山の子供たちと関係することこそが、重要な仕事なんじゃないかなという気がする。


それを出来るからこそ、学校の先生は偉いのである。


小学生の相手をするのって、大変ですよ。


中学生も、高校生も、やっぱ大変なんだろうな。




そこらへんをわきまえた上で、親をやりたいなと思うのでした。


なんか今日、真面目なこと書いたな。