本日、私は仕事でありますが、嫁さんのお友達が我が家に遊びに来るとのこと。


で、前日の昨日、そのお友達が車で来るのか、それとも電車で来てそれを車で駅まで迎えに行かねばならないのか、どうなんだい?という疑問を抱きまして。


駐車スペースが1台分しかない我が家にとっては、大きな問題であると私は感じたわけです。


昨日、その件の確認について嫁さんに再三連絡するも、つながらず。


昼ごろから電話をかけ始め、仕事の合間に電話をかけ続け、繋がったのが終業間際。


こちらとしては、「親切で聞いてあげてるのに」という気持ちもあり、そのせいで余計に腹が立ってしまいました。


まぁしかし、それで私が機嫌を悪くするというのは、嫁さんにとっては迷惑な話であって。


「してあげてる」と考えることの危険性を感じつつも、やはりどこかでは納得いかずといった心情。


あらためて落ち着きを取り戻すため、こうして独り言を認めているわけでございます。


独り言も、そう悪いものではない。




さて、昨日はご奉仕関係の書類作成のため、久しぶりに自宅でPCを開きました。


ついでにiPodの中身入れ替え作業。


私のiPod nanoは旧型の4GB。


最初のうちは充分な容量だと感じていたのですが、いろいろ放り込んでいくと、すぐにいっぱいになってしまいます。


今回の入れ替えで、最近新しく取り込んだジャズ・ファンク系の音楽を整理。


基本的には、1アーティストにつき1アルバムでいいかと判断。


ジャズ・ファンク系の音楽は、BGM的なものが多く、あまり集中して聴けません。


まぁ、私にとって夢中になって聴くほどの音楽にまだ出会ってないということでしょうか。


私の場合、ギターを聴こうと思っていても、知らず知らず唄のほうに集中力を持っていかれることが多いです。


一番ギターに集中できるのは、ジミヘンかな。


ジミヘンのギターだけは、夢中になって聴けます。




ジョン・フルシアンテのギターも集中できる部類ですが、いつの間にか唄ってたりする私がいます。


特に最近の作品は、そういう傾向が強い。


ボーカルが強い、もしくは唄メロが気持ちよい音楽では、ギターだけに集中することは不可能な気がします。


やっぱり唄の力ってすごい。


そしてその唄をよりよく聴かせてしまう、バッキングの存在もすごい。


唄が自然に入ってくる音楽は、その唄の力だけではなく、バックの演奏が素晴らしい。


でもそこでバックはバックとしての演奏に抑えるのではなく、各パートの個性を打ち出している音楽が、私にとってはもっとも素晴らしく、面白い音楽であります。


レッチリとか、レイジとかは、そういう部分が群を抜いてると思います。




レッチリとかレイジが好きだと言うと、どうもハードな音楽を好むような印象をもたれがちですが(現在のレッチリは全然ハードではないですが)、私にとってはハードかそうでないかはあまり問題ではありません。


各人の個性の確立と、それを同じグルーブで共有する一体感。


さらにそこに強烈なボーカルが違和感なく乗っかる。


そういう音楽が最も好きです。


まぁ書いてみりゃそらそうだろって感じですけども。


そういう意味で、私は今でもジュディマリは好きだし、彼らの解散後のソロワークにはあまり興味がありません。




そんなバンドが、いつか自分でも出来るだろうか。


主張しながら、調和するような。


なんか世界平和みたいな話。


それが実現できてしまう、「バンド」という形って、ものすごいなぁと思うのでした。