久しぶりに、中学時代の友人たちと再会し、その頃の話(主に部活)で盛り上がる。


私どもは、バスケットボール部でありながら、地域の駅伝大会でよその学校の陸上部を差し置いて、3位入賞とかしてしまうような特殊な鍛えられ方をしていたものですから、やはりその練習方法も独特でございまして。


まぁ全てを説明するのは非常にめんどうな作業なので割愛しますが、まぁ根性主義で軍隊のようなトレーニングを強いられていたわけです。


その過酷な練習を象徴するように、私ども元バスケ部が集まった席では、最初から最後まで、当時の練習がいかに過酷で、且つ、非合理的であったかという話(愚痴)で盛り上がってしまいます。


それ以外の話なんかどうでも良くて、そしてその話自体もどうでもいいのだけれど、私どもはいつまでも、あの耐え抜いた中学3年間を振り返ってしまうのです。




中学時代は、ともに過ごした戦友(と呼ぶのが相応しく感じられる)や、顧問の先生への絶対的な信頼(服従と読む)もあり、体育会というものに特別嫌悪感はありませんでした。


その後、高校での部活動を経て、私はもうすっかり体育会大嫌いな人間になってしまうのでした。


体育会の体制は否定しながらも、「そうっスか!そうなんスよ~」などと体育会的な言葉遣いが抜けない私なのですが。


でもやはり、体育会系というものから出来るだけ遠ざかろうという意識は、いつもどこかにあったような気がします。




そうするうちに、私にとって「体育会系」という言葉が意味するものの範囲が、勝手に拡がってしまっていたのでしょう。


いつのまにか、スポーツそのものを否定するような気持ちになってしまっていました。


私は、スポーツ好きなんよ。


嫌いなのは、実力主義と年功序列がこんがらがってわけがわからない上下関係や、スポーツ自体がものすごく「正しい」とされていることなのでした。


特に後者に対して、「そんなにスポーツしてるからって、偉くないでしょ」という気持ちはずっとあって。


なんか宗教っぽくて、嫌なんですよね。




で、話戻りますけど、スポーツは好きなんですよ、私。


その気持ちさえも、知らず知らず否定していたようです。


久しぶりに友人たちに会って、「ああ、なんだかんだ言って、スポーツ好きなのねー」という気持ちになれたのが嬉しかったです。


閉じなければいけないと思っていた扉を、晴れて開くことが出来て、私はとってもいい気分です。


スポーツを丸々、完全に否定してしまうことは、あの中学3年間を否定してしまうこと。


あの3年間が私の人生においていかに大切だったか。


その重さは、きっと一緒に練習してきたメンバーにしかわからない。


その18人を、私は誰一人否定したりしない。


自分も含めてね。