「ロックとは?」


みたいなことを考えるのが好きな人は、ロック好きには多いような気がします。


私も、もう少し若い頃は、そういうことを考えるのが好きだった・・・いや、好きだったというか、考えずにはいられなかった時期がありましたね。


ロックって、音楽のジャンルというだけではなくて、心意気であるとか、生き様であるとかの意味を含んでしまうだけに、「ロックとは?」という問いから目をそらせないという部分があります。




今現在の私は、「ロックとは?」の問いに、明確な答えなど持たないままですが、もう随分と長い間、「ロックとは?」を考えていませんでした。


正直に言って、考えているヒマがなかった。


家庭と仕事を持つ身の私にとって、それでも音楽活動を続けるためには、「ロックとは?」などと考えている余裕が無かったのではないかと思っています。


理想とするバンドの形は、ある程度思い描いている。


だけどそれを実現するためには、時間的にも、経済的にも、人付き合い的にも、不可能なのでありまして。



じゃあ、いっそバンドなんてやめちまうか!・・・ていうのは、潔いのとは違う気がするのですよ。


バンドをすることじゃなくて、音楽を鳴らすことが、私の欲求ですから。


それは逃げることになる。



だから私は、理想ではないけれど、私のような生活の状況においても活動できるバンドをやってきました。


ある意味では、妥協しているとも言えるでしょうし。


ある意味では、戦いの中を生き残ってきたとも言えるつもりです。



私が鳴らすバンドの音がロックでないと言われれば、返す言葉もございません。


私自身としましても、私のバンドがロックかどうかということは、どうでもよくなっているのも事実。


ただ、自分が作った音楽を鳴らしたいという欲求のみで動いているのです。




マグロジュースは、私の100%ではない。


そのことに少し悩んだ時期もありましたが、キャップライスもまた、私の100%ではない。


ただ、今、この時に、要するに、今週末の2月3日に、私が音楽を表現できるとするならば、それは100%マグロジュースであるわけで。


私という人間全開で、マグロジュースのライブに臨もうというわけです。


どうぞ、観に来てください。