仲良く見えたとしても、ほんとに仲が良いかはわからないわけで、


予定調和な握手なんかもそうだけど、


手を繋ぐっていう行為、


もしくは比喩としての「手を繋ごう」っていう表現に、


最近は首をかしげてしまう。


無理矢理に、オレとお前は仲間だなんて、そんなこと必要ない。


一致団結なんていう言葉、少し怖ろしく感じたりするのだ。



これは僕の主観でありますが、


人間が集まってすることに、ろくなことはない。


それは、「みんながひとつの目標に向かって・・・」という考え方に反抗するわけではなくてですね。


むしろ、それが出来るなら、そうか!みんなで頑張ろうぜ!ってなる。


僕はけっこう情熱生まれ、熱血育ちなんだ。


でも、人が集まって、個人個人の意思以外に、


「集団の意思」というか、「チームとしての意思」みたいなものが動き始めたとき、


人の集まりは途端に気持ち悪いものになっていく。



「集団の意思」は、誰か一人の意見であってはならず、


その集まりの中心となる人物たちの主張の、平均値としての意見となる。


自分の意見以外の意見を取り入れた、平均値の意見。


このとき、自分の意見以外の意見に対して、100%の理解などは不可能である。


「集団の意思」における、自分の意見以外の意見の部分に関して、


理解できぬまま、もしくは想像の域を超えないまま、


なんとなく「集団の意思の一部」として受け入れなくてはならなくなる。



こうして作られていく「集団の意思」の元、集団はよくわからない方向に転がっていく。



「それはこうしておいた方がいいんじゃないの?」


「僕はこう思うけど、チームとしては違うような気がする」


もう、個人の意見など一番後ろに隠しておくくらいの勢いで、


「集団の意思」は崇められ、奉られ、そして人の手を離れていく。


個人としての意思が感じられない意見に、どれだけの説得力があるのか。


まぁ、そんなん知らんけども、僕には魅力が全くないものに思えるわけです。



結局、集団というものは、そこに属する誰もがまったく求めない方向に、


あるいは、個人の意思を捻じ曲げてしまうような方向に進むのが常であるような気がして、


やっぱり好きになれない。


人が集まってすることに、ろくなことはない。


まぁ、バンドくらいが限界じゃないのか。


長々と書いてきましたが、


結局はそれが言いたかったのであります。