アコギをポローンと鳴らす。


優しい音がする。


そういう弾き方をしていると、すぐに手が止まるんす。


音に対しては、いいなーと思えるんですけど、自分の中にないのね、その音からつながっていく音楽が。


バーンとか、ジャカジャーンとか、ドゥンとか、ベインとか、そういう鳴らし方をしないと、気持ちが乗ってこない。


というか、曲が出来ない。


アコギを持っても、エレキを持っても、結局自分は自分。俺は俺。お前はお前。


何者にもなれないのである。


かけがえのない自分、などという考え方は、大層な気がして嫌いです。


この世に自分と呼べる人間が自分しかいないのは当たり前である。


だから大事にしろ。などと、人に言われるのは違う。


誰がどんな生き方をしようと、基本、どうでもいいのであります。



だけどなんでか、人のやることに干渉してしまう自分もいるわけで、これは非常に何だろうかと頭を悩ませるのですが、やっぱり他人事でも気になることは気になるし、放っておけないと自分が判断するなら、それはそういう生き方をそのとき選んだということで、多少はあなたの迷惑になるかもしれないけれど、これも僕の生き方なんです、申し訳ない。と謝らざるを得ません。


迷惑をかけなければ、自由に生きていい。みたいな言葉もありますが、生きてたら、多少は誰かに迷惑をかけますよ。


それはもう、諦めようと思うのです。


ある程度、人に迷惑をかけてしまう生き物で、僕はそういう生き物で仕方ないと。




生きている途中で、色々あって、人間は、だんだんめんどくさくなっていく。


めんどくさい生き物になる。


めんどくさい生き物になっても、やはり新たな出会いもあったりする。


新しく出会った人に、自分が生きてきた全部を説明するのは、非常に時間がかかる。


だからゆっくりと、話し合う時間が必要なんす。大人になるほど。


時間がゆっくりと流れればいいなーと願う日が、あってもいいじゃないか。