大体、昼間働いていたら、作曲活動する時間って夜中になってしまったりするじゃないですか。
で、夜中に作曲していると、大きな声で唄えない。
大きな声で唄えないと、自分の音域がわからないんす。
声を張るからこそ、出る音域ってあるじゃないですか。
いや、アレか。ちゃんと練習してるボーカリストの方々は、小さい声でも高いところ出るんか。
どうなんだろう。
自分の音域というものを、理解しておくべきなのだろうか。
「鍵盤でいうと、ここのファまで出る」みたいなことを、ちゃんと知っておくべきなのでしょうか。
そういうの、便利だと思うけど、よくわからんのよね。
まぁ何が言いたいのかというと、「せっかくコードまで付けて曲を作ったのに、唄ってみるとめちゃくちゃキーが高かった、やだなー」ということをいいたいのである。
今朝、キーを下げてコードを付け直すという作業をしながら、なんかコレめんどくさいねーと思っていたのでした。
自分のキーを知っておくのは、とても便利だと思う。
でも、メロディーに対してドレミファソラシドで考えた事がないのでね。
だから結局、唄ってみて、唄えたらそれは自分のキーというふうに、曲を作る度にそういう確認をしなければいけないのである。
それはちょっと、遠回りで効率が悪いような気もするけれど、ある意味、自分の限界を超えた作曲が可能であると言えなくもない。
はじめからこの音は出ないと思っていたら、そこで限界が生まれるのではと、我思う。
自分を知る事は大切だとよく言われますけど、自分を知らないから、到達できる場所もあるのでは。
技術面に関しては、己を知って、苦手を克服したりする事は大切かもしれないけれど、発想とか、イメージに関しては、自分の限界など考えないほうが、いいものができる気がするし、思いがけない自分の能力や、伸びしろに気付くかもしれない。
だから僕は、作曲に関しては勉強せずに、常に手探りで行っていきたいと思うのであります。
いつまでも、きれいな形のものは出来ないけれども。
自分の形の音楽が、どうでもいいものかも知れないけれども。