毎週木曜日は嫁さんがバレーボールに行きます。


ママンバレーです。


娘2人は小2と年長さんなので、嫁さんについていって体育館の隅っこなり舞台なりで遊んでいるようですが、息子は1歳半とまだまだ小さいので、僕と留守番することになってまして。


当然ながら僕は働く男ということで、普段は眺めーるこーとすーらままならない我が息子なわけで。


たまにゆっくり2人きりの時間などがあっても、わからないことだらけで四苦八苦です。


DVDなんかを見せていると大人しいのですが、僕も横に寝転がって見ていると、ついついウトウトしてしまいます。


油断しきった僕の腹部に、強烈な息子のダイヴ。


息子さん、訴えますよ。ウタキャスターです。




音楽というのは、CDなどの作品として形にすることは出来ますが、基本的に演奏されている現場で楽しむものだと思っていまして。


たとえば絵画なら、描き上げた時点で一応の完成を確認できると思うのですが、音楽には完成がないんですよね。


1回1回の演奏が、いつも違う様相を見せるものだと思うのですよ。


それはその時々の天候であったり、体調であったり、なんかおじいちゃんの調子が悪いみたいなことであったり、そういうものに影響を受けるからこそ、音楽という表現は面白いんだと思うのです。




まぁね、誰がどうだとかいうことじゃないのですが、音楽を作る立場の人のブログなんかを拝見していると、「常に同じ演奏が出来ないといけない」みたいなことを書かれていて、そいつはどうだろうか?と思ったりするんですよ。


確かに、演奏の正確さを増すというのは大切な心構えだと思うのですが、その場の勢いで以ってガーッといってしまうような心情を、全否定するのはどうかと思います。





前述したように、音楽には完成形がないと思うんですよ。


正解とか、間違いとかがない。


演奏しているその瞬間の空気を感じ取って、自分の表現をする。


それが商品として価値があるかどうかはわかりませんが、そういう音楽の自由さが、人を惹きつけるんだと思うのです。




だからといって、単純にコードを間違えたりしちゃいけない。


そんなに自分を甘やかしてはいけない。


と、自分に言いたい。