待ちに待った土曜日、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
聞いてはみたものの、皆さんがどう過ごしていようが僕にはあまり関係ないわけで。
しかしまぁ、顔は知らないながらも、こうして僕の日記を読んでくださる10数人の皆さんの週末に、少しでも笑いが多ければと祈る気持ちでいっぱいです。
あなたの天使、ウタキャスターです。
ここを読んでもたいした笑いはないですけどね。
「待ちに待った土曜日」と申しましても、僕はいつも通り仕事をしているわけなのですが、今日は一人っきりで働いているために、非常に自由度が高いです。
そんなわけで、レッチリのアルバムを大音量で聴きながら、働いています。
たまに腰を振りながら、働いているわけです。
そのレッチリのニューアルバムは、「Jupiter」と「Mars」と名付けられた2枚からなるアルバムです。
「木星」と「火星」。
宇宙だぜ。でっかいなぁ宇宙は。
アンソニーはよくインタビューで、宇宙の波動がどうのこうのといった表現を用います。
ジョンなんかは、音楽と関係ない時間でも、宇宙と更新していそうな雰囲気を持っています。
僕は宇宙と音楽の関係性をあまり意識していませんが、このアルバムを聴いていると、なんだか大きな力に身を委ねたくなるような感覚になるんですよね。
レッチリというバンドはある意味で、ものすごく俗っぽい印象のバンドだったと思うのですよ。
なんか、海パン一丁で跳び回っていたりね。
どういう表現だ、それは。
そういう変態行為的な部分が前に出すぎて、低俗な印象が強かったのですよ。
でも音のほうは、リリースを重ねるごとに、段々と壮大さすら感じるような仕上がりになってきていて。
なんかすごいねと思ってしまうのですよ。
目を閉じて聴いていると、なんかフワーッてなるのね。
宇宙だね。宇宙だよ。
そういうスケールの大きさと一緒に、情けなさというか、どうしようもなさみたいなものを、とても感じてしまいます。
それは宇宙の波動であったり、空を渡る雲であったり、時の流れであったり、そういった大きなものに対して、抗うすべもなくただ寄り添うしかないといった感覚のように思います。
君をすごく大切に思うけれど、君は去ってしまって、時間の流れのどこかで何かをどうかすれば、それは避けられたかも知れないけれど、何をどうしてもこうなってしまうような気もする。
なんだかそういうことを表現しているように、僕の耳には聴こえます。
人生がとても切なくて情けないもののように思えてしまう。
それを受け入れて、それでも命を紡いでゆく。
それが今のレッチリの立っている場所なんじゃないかと思います。
これはかなりカッコよく言えたんじゃないでしょうか。