おはようさん。

まだ少し、リハビリ気分のウタキャスターです。

いつ病んだのかと訊かれましても、自分でもサッパリわかりません。

リハビリ気分、いい気分。



何年前かは忘れましたが、道端で・・・まぁお洒落に言うとストリートで、詞を、ポエム(語感に照れる)を売るのが流行ってましたよね。

世の中の多くの人は何らかの悩みを抱えているようですから、その悩みをストリートポエマー(SP)に打ち明け、そしてその悩みに見合った(というと変ですが)ポエムを授かる。

道端に座り込んで、悩みを打ち明ける人、それを聞く人。

ポエムを受け取った人がその場で泣き崩れる様は、冗談抜きで宗教のようでした。


んで、僕はというとポエムを売ったことも買ったこともないので、現場の空気はサッパリわかりませんけども、ひとつ気付いたことがあるっていうかね。

たいした事じゃないんで、お気づきの方も多いかと思われますが、あの商売は「君は君のままでいて」っていうのを表現する言葉をいくつ持ってるかっていうのが勝負の分かれ目だと思ったんですよね。


「君は君のままで」とか「ありのままの自分」とか、歌詞にもよく出てくるじゃないですか。

ありのままの自分ってどんなんかなー?と誰しも考えたことがあるんじゃないかと思うのですけども。

「ありのままの自分」っていうのは、「思うがままに生きる」と訳したい僕なんですが、この「思う」っていう作業が生まれつきのものだと思っているのは昨日までの僕だけでしょうか。



かなり遠回りをしてしまいましたが、性格っていうのは生まれつきのものなのかなー?と、少し疑問です。

人それぞれ人生の過程で、学んだり学ばなかったり、感じたり感じなかったりしながら、苦労を重ねたり重ねなかったり、乗り越えたり諦めたりで、揉まれたり揉んだり揉みしだいたりしたりされたりしながら、いろんな判断基準が形成されるわけで。

僕は親父に性格が似ているとか言われるわけですけども、それは遺伝がどうこうじゃなく、ただ近くに接して影響を与え合っているからだと思う。

親子でシンクロナイズド。

だけどこっからこっちは俺の陣地だ入ってくるな!っていう線引きは、どんな場面でも大事だと思う。