コブチロ(当ブログにおけるコブクロの呼称)の作品を2日連続で取り上げたにもかかわらず、その内容について一切触れていない。いわば生贄に捧げたようなものである。
誰かの犠牲の上に成り立つ平和など、ほんとの平和とは言えない。
さすがに良心が痛まなくもないので、彼らのようにストリート弾き語り出身アーティストについて、ダラダラ書いてみたく思いましたよ。
彼らのような形態のグループを僕は個人的に「ゆず型」と呼んでいます。
この「ゆず型」アーティストは「恋愛・爽やか・まじめ」の3本柱を基準に集められたフォークシンガー達。
かつて腐った世の中に対するアッパーカットでもあった「フォーク」の、純愛ソングのところだけを手間ヒマかけて抽出した天然オイルなのです。
と言ってしまうのは少し乱暴。
エレカシや斉藤和義なんかは、「フォークソング」の破壊性と純愛性(?)を両面ともにうまく受け継いでるなーと思うわけですけども、「ゆず型」アーティストの表現といえば、「恋愛」と「自己啓発」に大きく偏ってる気がします。
んで、「恋愛」と「自己啓発」というと、ミスチルですよ。
「ゆず型」世代は少なからずミスチルに影響を受けているはずで、少なくとも、彼らが音楽に本気出してみてたとき、ミスチルがヒットチャートを席巻していたのは間違いない。
要するに僕の推理では、「ゆず型」はフォークの流れの中で生まれたものというより、ミスチルからの派生だってことなんですよ。(既によそで誰かが言ってたらスルーしてください)
犯人はミスチルだ。
よくよく考えてみれば、特にコブチロに顕著なんですけども、彼らの曲はフォークと言うよりはポップである。
バンドブームの次の世代がミスチルやスピッツの「いい感じのウタを唄うバンド」であったとするなら、その次の世代が「ゆず型」。こんなところに一連の流れがあったのかーと、書きながら気付きました。
とはいえ、コブチロは割りと好きですよ。
歌ってて気持ちよくなれる曲もあるし、人柄も悪くない。
唄い方もコブチ君はJ-POPスタンダードって感じだけど、クロダ君は正統派って感じで男らしいウタを唄う。
なんでもクロダ君は佐藤チクゼン氏をすごくリスペクトしていて、自らを「チクゼン派」と言っている。
でも唄い方は全然違う。
そんなところも何だか好きだ。