UTA(うた)珈琲焙煎所 -190ページ目

私の”写真”に対する個人的概念

私の”写真”に対する個人的概念


写真とは?言葉通り、”真実を忠実に写す”ことである。


元来は、ガラス乾板からの発明にある。


ガラスの利用は歪みのない忠実な再現性が出来るという理由。


画像は塩化銀を化学変化させ潜像化される。


物が忠実に写り、時代の切り抜きとして、記録として永久的に残る。


白黒もカラーも同じで、後にイエロー、マゼンダ、シアン色素の染色でカラー写真

ができる(内式フィルム)。


カラー写真も同じで、色の忠実な再現性を写真と呼ぶ。


世界三大メーカーは、コダック(アメリカ)、富士フィルム(日本)、アグファゲバルト

(ベルギードイツ)。


それぞれのメーカーが屈指に色の忠実性を競い合い、商業写真が成り立った。


銀塩画像とデジタル画像。つまり品質ではなく、合理性。



その時代の象徴が”コダクロームフィルム”。

世界でたった一つの退色劣化しない写真フィルム。


このフィルムの製造と日本での現像処理の撤退。


私はここに、業界の限界と劣化の始まり、そして全ての原点が”コダクローム

(外式フィルム)にあったと感じている。


2008年、私はこれを感じ、時代に逆らい、最後の銀塩カメラの名機として、

「Nikon F5」を購入した。


現在、確かにデジタル画像は合理的で便利で不可欠な存在。


色素、粒状性も銀塩粒子にも劣らぬものになってきた。やもえない、、、とも思う。


デジタルカメラの名機は、まだ買えない。進化中だから。


現在、デジカメの所有は、Canon G10とG12に留めている。


勘違いして欲しくないのは、デジタル画像であっても、写真と呼べるのは、

”真実を忠実に写す”にこだわったものだけ。


加工されたものは、グラフィックアートである。


今回の米コダックの破産ニュースで自分の人生とかぶせてこのように思う。



日経新聞:米コダックが破産法申請 を読む』

品質重視のKodakと合理主義のFuji Film

うた珈琲焙煎所 塩尻一成