更年期の訪れと共に長らく吸っていたたばこを止めた話を以前書いたと思う。

その目覚めともいえる現象は、とても激しく私を揺さぶり続け、そして私の中に溜まった毒を無理やり吐き出させた。

 

私がタバコの次に止めたものは何十年もお世話になって来た「抗不安剤」と「睡眠導入剤」だった。この浄化はとても激しく苦しいものだった。

 

コロナ過の中、私の身に発作的に起こった「変わらなければ!」という恐怖の塊は私に様々な現実を見せ始めた。その中に長年飲んでいたベンゾジアゼピン薬があった。(抗不安薬のことです)

ある日、私の目に飛び込んで来たベンゾジアゼピン系薬剤依存、離脱症状の記事は私を恐怖のどん底へと突き落とした。

30代の時からそれらの薬を飲んで来たけれども、それはその時の私にはとても必要な物だったし、私の精神を落ち着かせてくれたりもした。また仕事に復帰出来るようにしてくれた物でもあった。

 

しかしながら、そのベンゾジアゼピンは今となっては「長期的に服用するものではない薬」と医療業界では認知されるようになっていたのだ。

その原因として常用離脱、症状の悪化、腎機能、肝機能への弊害など様々な問題があった。その事に関する記事やドキュメンタリーも沢山あるというのに私はどうしてそのことを今まで見ないようにしていたのだろうか。

 

もしかしたら、患者である私はそれに薄々気づきながらも飲み続け、医者はそれを知りながらも処方し続けていたのかもしれない。今更ながらその事に本当の意味で気付いた私のTwitterの病みアカウントには「抗不安剤の弊害、副作用」に関するツイートが次々と流れて来た。

 

皆、常用離脱に苦しんだり、減薬に挑みながら失敗したりまた挑戦したりして苦しみ藻掻いていた。それでもその地獄のような苦しみの中、どうやったら体調が良くなるかをシェアし励ましあっていた。

私はまず抗不安剤とたまに飲む睡眠薬を止めた。抗うつ剤は離脱症状が酷すぎるので抗うつ剤はいずれ止めようと決めた。(抗うつ剤はまだ少量服用中)

担当医にそのことを相談した時、担当医はとても不思議そうな顔をして私を見た。今更止めて一体何が変わるのだ?と思ったのかもしれない。そんな顔をしていた。

私はその顔を見ながら抗不安剤を止める事を診察室に居ながらもう後悔し始めていた。

 

あれから二年経った。

私は抗不安剤と睡眠導入剤を止めることに成功した。

そして今なら言える「止めて良かった!」

飲んでも飲まなくても変わらないのなら飲まなくていいじゃないか。

今は食事療法、認知行動療法、運動、瞑想と色んな方法があるじゃないか。

 

身体の浄化と魂の浄化はまだまだ続いている。

(離脱症状の地獄編は次回書きます)

 

この記事は急な断薬や減薬を勧めるものではありません。

あくまでも、私の個人的な経験を書いたものであり担当医に相談して決めたものです。

一番最初にタロットカードを買ったのは15年ぐらい前だった。

その時は確か映画007で使用された「TAROT OF THE WITCHES」というマルセイユ版タロットカードで、小アルカナに人物の絵柄はなくカードのイメージを受け取りにくく、とても難解。どうやってカードの意味を覚えたらいいのだろうと私は首をひねった。その主人に愛されなかったマルセイユ版タロットカードはかなり長い間インテリア雑貨として部屋の片隅に佇んでいた。

 

とにかく、私はタロットカードの意味を覚えるのに挫折した。

その当時、少しは努力をしたかもしれないが、その時の事はあまり覚えていない・・はっ、うっすらと思い出したけれど、ん・・書かない。

 

そして、時はコロナ過だ。世界は家の扉を閉ざしその代わりにSNSの扉を開けた。

それはとても大きく、そしてスムーズに、クリック一つでWindowsが扉を開いたのだ!・・って・・・。無言。

 

とにかく、私はその時に「ツイキャス」という配信サイトを知った。そこで私は世間の人々がコロナ過の中どう過ごしているのかを覗き見た。

そこのお勧めに表示される配信者たちを次々に観てみた。いつの間にこんなアプリが出来たのだろうとまず驚いた。そしてそこには30代ぐらいの若い人達がコロナ過で閉鎖的になった世界について怒りを露わにし鬱憤を晴らすが如く怒鳴り散らかしていた。若く、外交的な人達にとって家に閉じこもらないといけない現実はさぞ窮屈だっただろう。彼らは寒空の下の街角で自分たちの「声」を電波に乗せて世界に発信しているのだ。

寒空の・・こう書いていて思い出したのだけれど、冬の時期に私はライブ配信なるものを知ったのだなと思った。あの時配信していた人達はどうしているのだろう?

まだ、タイトルと関係ない話を続けてしまうけれども、あれは冬だったのか?と思うと何だか感慨深いものがある。脳が多動なので次から次へと色んな記憶が浮かんで来てしまうのだ。ごめんなさい。

 

そうそう、そのツイキャスから私はふわっちなる別の配信サイトを知ってそこで占いをしている魅力的な女性を見つけた。

その女性は音楽とオラクルカードの話をしていて、とても話しやすい人だった。

音楽がとても好きな私は、私が好きな曲をその女性にも知って欲しくてまるで子供みたいに「この曲知ってる?凄くいい曲なの」と言い、配信中にリクエストして私の好きな曲を沢山かけて貰った。そんな風に他人と一緒に音楽を聴きながらする他愛もない会話はとても心地の良いことだった。

コロナ過であっても音楽は人と人をいとも簡単に近づけてしまうのだ。

 

そして、オラクルカードとの出会いは衝撃だった。

その女性が使っていたカードはエンジェルカードという物で天使からのメッセージが書かれているものだという。天使から・・・。(どうやって聞いたんだろう)

 

どういう仕組みなのか分からないけれど、とても興味が湧いたので試しに私もそのエンジェルカードを一枚引いて貰った。

 

その天使のカードは私のエゴを軽くえぐった。

それは精神分析家に自己分析されたような不快感さえあった。

対面ではなくインターネットだというのに、どうして私の事が分かるのだろう?と不思議に思ったし、少し怖くなった。

それでも私はそんなオラクルカードの事を好きになった。

 

オラクルとは神託、予言という意味だという。

映画のマトリックスに出て来た黒人女性の予言者はたしかオラクルという名前だった!!あの予言を伝えるシーンの背景の色はとても綺麗だった。そしてoracle,オラクル、なんて素敵な響きなんだろう。音がとても良い。そう思いませんか?

 

そして、天使で予言者のオラクルカードとの出会いが私を変えてくれた。オラクルとの出会いに興奮した私は、その後すぐにメルカリで中古のエンジェルカードを買ったのだった。こうして私はタロットよりも先にオラクルカードと繋がるようになった。

一番最初に私の手を取ってカードを使うように告げたのは女性の予言者だった。

 

その時の女性配信者に心から感謝をしている。

彼女は今でもバンギャをしているのだろうか。

女性に生まれて避けられないものの一つとして「更年期」がある。

 

私は元々自律神経が乱れやすくて体調を崩しがちだった。それは幼少期の家庭環境の影響もあったかもしれないし、本来持ち合わせているADHD,ASD,HSP気味なせいかもしれない。(発達障害に関しては自己診断、特性が理由で支障を来す故、自己認識した)

 

おまけに32歳に発症した鬱とパニック障害。

 

これらを抱えた私は2021年夏ぐらいから「更年期症状」に悩まされるようになった。まず、顔がとても熱くなり額とうなじからねっとりとした汗をかくようになった。明らかに去年の夏とは様子が違うと感じていた。

 

あまりにも身体が熱くなるので、着る服はエアリズムのTシャツかメッシュ素材のスポーティーな物になり、とにかく身体を締め付けず気楽な服を着るようになっていた。

 

世界はコロナ過でみんな混乱の中にいた。まるで終末映画みたいだった。

そして、ワクチン接種が近づいて来た時に私は急に色んな事が不安に思えて来て、いつもはあまり考えた事がなかった老後の事を想像し心の底からの恐怖を感じた。

 

もし、コロナが収まらなかったら?ワクチンが効かなかったらどうなるのだろうと。

そこで私が思った事は「禁煙しよう」だった。私は長年タバコを吸っていた。

 

長期喫煙者の肺の状態が良好なわけもなく、もしコロナに罹ってしまったらどんなに恐ろしい事になるだろうと私は恐怖におののいた。

 

はっきりとした恐怖という魔物が私の部屋の玄関の前まで来ていた。半ば不安発作を起こした私は、本当に身震いをしていた。

そして、エアコンの効いた部屋はたばこの煙でくすんで落ち込んでいた。

 

私は今まで何をしていたんだろう?とふと思った。(きっと、あまりの恐怖に頭が真っ白になってしまったのだろう)

 

たばこは20代前半から吸っていて、今までも何回か体調が悪い時に一時的に止めていたりはしたけれど、ずっと吸うのだろうなと漠然と思っていた。

しかし、今回は「止めよう!!」だった。

それでもあまり自分を追い込まないように「しんどくなったら一旦吸って良い」と自分に許可したのだった。

 

この「禁煙」がきっかけで私の中の何かが変わり始めた。

そして4か月後に私は15年ぶりぐらいにタロットを再度勉強して占い師になろうと決意したのだった。

 

今、その時のことを振り返るとあれは審判の天使のラッパの合図だったように思う。そして、スピリチュアルの扉がけたたましく開き、偉大な何かが私に手招きをしたのだろう。

 

全てが繋がっているのだと思った。

とても不思議な気分だった。

少し、躁状態なのかな?とも思った。

いや、混乱していたのかもしれない。

 

 

けれども、何一つ間違っていなかったと思う。

ちょうど今のこの時期だった。

 

更年期でさえ啓示になり得るのだ。

 

 


(この間にはもっと、もっと色んな事があ
ったけれどその件はまた今度書きます)