ハワイへ行って、見ておきたいものの一つにコミュニティーがあった。
PUNAの近くにLA’AKEAというコミュニティーをネットで見つけて、1週間でも滞在できないかと日本からメールをしていた。

英語がたいして話せないとミーティング重視のLA’AKEAではネックになるのと、子供も一緒ということで、最終的には見学ならOKと返事をもらった。
LA'AKEAコミュニティー↓
http://permaculture-hawaii.com
Punaの暑い日差しを遮る高い木立の道を進んで行くと、メールでやりとりをしていたANICOと3歳の男の子が顔を出した。インドの血が入っているという彼女。すらっとしていて笑顔が素敵な人だった。JとANICOの子供はすぐに仲良く遊びはじめた。子どもたちは柔軟で羨ましい。
LA’AKEAではある一定の額を支払うことで、敷地内に家を立てることができると、ANICOが敷地を案内しながら話してくれた。池やバスケットコート、発想豊かな建物がいくつも建っている。
野菜を育て、ワークショップを開催し、日々仲間とミーティングをしながらコミュニティーを持続させている。その日もかなりの人数が集まって、キノコの栽培方法を学びに来ていた。
パーマカルチャーの発想を取り入れた暮らし。屋外シャワーがあったり、生活に必要な電気は太陽光をバッテリーに蓄電している。
大きな洗濯機が数台あり、太陽光でその洗濯機がガランガラン動いているのを見てびっくりした。畑仕事が終わった女性が外シャワーを使って、すっぽんぽんでいるのが見えた。それはとても自然に溶け込んでいて素敵な光景だった。
『私たちが生産するものは、なるべく手がかからないものよ。主に果物や野菜を作っているの。穀類は作らないし、ほとんど食べないわ。たまに豚を食べるくらい』
日本人が一年を通して作る穀物類を作らず、食べることもほとんどないなんてびっくりだった。ハワイはもともとお芋が主食だったからかな。
英語が得意でない私に、ANICOは色んなことを親身になって教えてくれた。言葉はあまり出てこないけれど、話していることはだいたい分かった。
畑で小さい子をおんぶしながら仕事をしていた女性がいて、八ヶ岳に暮らし始めた頃の、田んぼを学んでいたのを思い出した。
八ヶ岳に来て、いつの間にか自然な子育てに意識が向いて、友達から白州の自然農の田んぼに誘われ、まだ寒い春先から、清々しい風を感じる夏、アキアカネが飛びまわる秋。小さいJを連れて、季節を感じながら白州の田んぼへ通った。
ここは自然農法の田んぼ。水田ではないから、のんびりしゃがんで田植えに、草刈り。広い空の下で過ごし、人は土の上にいれば満たされる、そうあの頃にそう感じていた。気持ちも大らかに大地にふれた子どもとの時間。
八ヶ岳に住んで10年、こどもが生まれてからコミュニティーが作りたい!
そんな気持ちが強くなって、イベントをしてみたり、うちに集まって対話をしたり、対話のワークショップに子供連れで泊りがけで参加してみた。
海外に行ったらもっと進んだ何かがある気がしていたのもあったから、ハワイに来ていくつかコミュニティーを見て回った。でも、すでに八ヶ岳には素敵なコミュニティーができているのかも知れないと、旅の途中で感じた。
コミュニティーを作るのに、衣食住を共にするといった、共通の何かが必要な気がしていたけれど、、実はその地域の様々な人と関係し合い、何かの時に協力する気持ちのつながりがあること。それで充分なのかも。
いろんな輪がなんとなく繋がり、重なりあって。うまくいくことも、うまくいかないことも尊重して、今一緒にあることに感謝する。
白州田んぼで過ごした時間は、今振り返ると、心身ともに満たされて幸せだった。
LA’AKEAの他にも、いくつかコミュニティーを見に行った。あるところは、砂場や手作りの木管楽器があり、体育館のような建物の中に大きなトランポリンもあって楽しそうだったけれど、今は子供が集まらなくて、、と寂しげだった。
そのコミュニティーに少し滞在できないかと聞いたら、英語が話せないとね、、と断られた。英語が話せないとダメという感覚が、日本人の私には分からない。。
ANICOにそろそろ帰ることを告げると、子供が喜ぶからまた遊びに来てと言ってくれた。また来るねと手を振ったけれど、結局来る時間は取れなかった。
Punaの暑い日差しを遮る高い木立の道を進んで行くと、メールでやりとりをしていたANICOと3歳の男の子が顔を出した。インドの血が入っているという彼女。すらっとしていて笑顔が素敵な人だった。JとANICOの子供はすぐに仲良く遊びはじめた。子どもたちは柔軟で羨ましい。
LA’AKEAではある一定の額を支払うことで、敷地内に家を立てることができると、ANICOが敷地を案内しながら話してくれた。池やバスケットコート、発想豊かな建物がいくつも建っている。
野菜を育て、ワークショップを開催し、日々仲間とミーティングをしながらコミュニティーを持続させている。その日もかなりの人数が集まって、キノコの栽培方法を学びに来ていた。
パーマカルチャーの発想を取り入れた暮らし。屋外シャワーがあったり、生活に必要な電気は太陽光をバッテリーに蓄電している。
大きな洗濯機が数台あり、太陽光でその洗濯機がガランガラン動いているのを見てびっくりした。畑仕事が終わった女性が外シャワーを使って、すっぽんぽんでいるのが見えた。それはとても自然に溶け込んでいて素敵な光景だった。
『私たちが生産するものは、なるべく手がかからないものよ。主に果物や野菜を作っているの。穀類は作らないし、ほとんど食べないわ。たまに豚を食べるくらい』
日本人が一年を通して作る穀物類を作らず、食べることもほとんどないなんてびっくりだった。ハワイはもともとお芋が主食だったからかな。
英語が得意でない私に、ANICOは色んなことを親身になって教えてくれた。言葉はあまり出てこないけれど、話していることはだいたい分かった。
畑で小さい子をおんぶしながら仕事をしていた女性がいて、八ヶ岳に暮らし始めた頃の、田んぼを学んでいたのを思い出した。
八ヶ岳に来て、いつの間にか自然な子育てに意識が向いて、友達から白州の自然農の田んぼに誘われ、まだ寒い春先から、清々しい風を感じる夏、アキアカネが飛びまわる秋。小さいJを連れて、季節を感じながら白州の田んぼへ通った。
ここは自然農法の田んぼ。水田ではないから、のんびりしゃがんで田植えに、草刈り。広い空の下で過ごし、人は土の上にいれば満たされる、そうあの頃にそう感じていた。気持ちも大らかに大地にふれた子どもとの時間。
八ヶ岳に住んで10年、こどもが生まれてからコミュニティーが作りたい!
そんな気持ちが強くなって、イベントをしてみたり、うちに集まって対話をしたり、対話のワークショップに子供連れで泊りがけで参加してみた。
海外に行ったらもっと進んだ何かがある気がしていたのもあったから、ハワイに来ていくつかコミュニティーを見て回った。でも、すでに八ヶ岳には素敵なコミュニティーができているのかも知れないと、旅の途中で感じた。
コミュニティーを作るのに、衣食住を共にするといった、共通の何かが必要な気がしていたけれど、、実はその地域の様々な人と関係し合い、何かの時に協力する気持ちのつながりがあること。それで充分なのかも。
いろんな輪がなんとなく繋がり、重なりあって。うまくいくことも、うまくいかないことも尊重して、今一緒にあることに感謝する。
白州田んぼで過ごした時間は、今振り返ると、心身ともに満たされて幸せだった。
LA’AKEAの他にも、いくつかコミュニティーを見に行った。あるところは、砂場や手作りの木管楽器があり、体育館のような建物の中に大きなトランポリンもあって楽しそうだったけれど、今は子供が集まらなくて、、と寂しげだった。
そのコミュニティーに少し滞在できないかと聞いたら、英語が話せないとね、、と断られた。英語が話せないとダメという感覚が、日本人の私には分からない。。
ANICOにそろそろ帰ることを告げると、子供が喜ぶからまた遊びに来てと言ってくれた。また来るねと手を振ったけれど、結局来る時間は取れなかった。