私が産まれてから
まともに働いて来なかった父
高校1年生の時に
泣きながら私が訴えた後
スイミングスクールのバスの運転手を始め、間もなく辞めた
※父の仕事の事参照してください
がっかりしていたが
しばらくすると
地元に昔からあるタクシー会社に勤め始めた
私は
嬉しかった反面
駅で男の子と話していると
駅をまわった仕事中の父に見られ
家に帰ると
父「男の子と仲良さそうだったな」
と言われたりもして
あまりいい気持ちにならなかった
高校生活をのぞかれたくない
思春期真っ只中
ほっといて欲しかったのを覚えている
酒に酔ったり
時には暴力的な父だったが
母が休みの日に
家族揃って
母のカラオケスナックで
夕飯を食べ
ウイスキーロックのグラスを片手に
芦屋雁之助さんの
『娘よ』
を歌いながら
泣いてしまった父を思い出す
破天荒だったけど
そんな破天荒な父を
憎めなかったのは
不器用なりに
子供を大切には
思っていた事が
伝わっていたからなんだと思う
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