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時間軸を遡って過去のお話です。
以前にも話したことがありますが、義父はいつも夢を見て生きてる…というようなところがありました。
少なくとも、わたしが義父を知ってからは30年以上……そういう人でした。
義父は夢に描いた1シーンを実現させることしか考えず、現実と付け合わせる……ということができず、理想ばかりを口にするのでよく義母に叱られていました。
孫の哲平に対しても、数々の夢があり。
孫の名前を自分がつけたい。
誰も頼んでない!
孫とお風呂に一緒に入りたい。
義母も企んで生まれて数週間で一緒にお風呂に入り水道の蛇口に頭をぶつけさせたでしょ。
抱っこして散歩したい。
道路に雪が残る小雨の夕方、薄着の哲平を黙ってつれだしたよね。
将来は名誉ある地位についてほしい。
普通のサラリーマンです。
有名大学へ入学してほしい。
これだけは叶いましたが、その頃義父は認知症で報告すると喜んでいましたが本当にわかっていたか疑問です。
そして、義父が田舎に帰る時に哲平を連れて帰りだがりました。
ありえない。まだ幼稚園の子を。
僕は哲平くんに、じいちゃんはこういうところで育ったんだということを見せてあげたい。
ドラマですか…
田舎の道を孫連れて歩く自分。
親戚の人に自慢する自分。
その切り取った1シーンしか頭になく。
行き帰りの飛行機のことや、それ以外の時間のことや、なぁーんにも考えてない。
無理です。💦
うたさんが預けるわけないでしょう?
え?わたし悪者?
無理だよ。
みんなに言われて、義父は顔を歪めて残念がってました。
太一が小さい時は1人で田舎にやらせたのに……
何歳になったらいいの?
………。
返事に困る質問がおおかったです。
母親は信頼してない人に子どもを預けたりできません……。
声に出したらそれが答えだったでしょう。
自分の思い描いた夢を叶えるために、無理押し、ゴリ押しする義父母って本当に多い。
次々といろんなこと思いついて提案してくるのが嫌で嫌でたまらない時期でした。
ただ、息子が小学校に入り、地域のスポーツチームに所属したことで土日も忙しくなり、それを理由に色んな誘いを断ることができるようになり、
わたしは楽になりました。
