こちらは過去のお話です。

時間軸が前後する場合があります。



    

実家の父は認知症で有料老人ホームから特養に移りました。
ホッとしたのも束の間
オープンしたての特養は
トラブル続き。
命の危険も感じました。



帰宅してすぐ、有料老人ホームの館長に電話をしました。

そして今特養でどのような状態であるか……。

と言うことを説明しました。

まだ部屋は空いていますか?


幸い、父がいた部屋は埋まっていましたが、見晴らしのいい別の部屋が空いていました。


お部屋の空きを確認するために、私の一存で電話をしています。

これから弟と話し合いますので、必ずまた明日電話します。

それまでお部屋をキープしてくれませんか?


すぐに弟に電話して、あそこにはもう置いておきたくない‥…と話しました。

例え、父の不動産も全部無くしても、父のお金だから。

弟も、そうしよう!と同意。

そのあと3日後には、父は再度老人ホームへ引っ越しすることになりました。


その3日の間に、リビングで父と面会している時、あの女性施設長が、ほかの入居者さんと話しているのを見ました。


私の名前をおぼえてくれてるの?

名前を呼ばれた入居者の方が嬉しそうに言いました。


ええ、皆さんの名前は全員覚えていますよ。

当たり前ですよー。

大事な皆さんですから。


台本を読んでいるような言葉…

そう言った瞬間、その施設長がチラッと私を見たのを、見逃しませんでした。


入居者と会話しながら彼女の心は私にありました。

そんな上の空だからトラブルが起きるんだよ。


わたしには無駄だよ。そうやってアピールしても。

なぜなら、わたしは人の心を読み取ってしまうから……。(この話をすると長いしトピ違いなので)



特養を退去する日、有料老人ホームの館長とスタッフが迎えに来てくれました。


〇〇さーん!元気だったぁー。

会いたかったですよー。

また一緒に生活しましようねぇ。


肩をポンポンと叩きながら、手を握りながら話しかけてくれました。

その時、表情を失っていた父が、

にっこり笑ってうんうんとうなづいているのを見ました。

本当に、ぱっと!家族がきてくれた!みたいに微笑んだのです。

よかったぁ……


弟は仕事で来れず、夫と私が付き添いましたが

特養の施設長はわたしたちに頭を下げ表情は変えず指で涙を拭っていました。


でも……その涙はなんの涙ですか?

悔し涙ですよね。

自分が施設長になって1ヶ月で退去者を出してしまった事実が悔しいのですね。

ごめんなさい。わかっちゃうんです。


老人ホームまでの車の中で夫が言いました。

あの施設長、最後までお義父さんに話しかけもせず謝りもしなかったな……。

謝る相手は俺たちじゃなくて、お義父さんだろ。

目線が入居者に向いてないんだよ。

なんか履き間違えてるんだよあの人は……。

同じ目線で見ずに、入居者を上から見てるんだよ。そして対家族しか見えてない。

入居者本人と向かい合うからこそ、その後ろの家族との信頼が生まれるんだよ。

あの人は高齢者施設には向かないよ。


本当にその通り。


後からケアマネさんの話を聞きました。

オープン当初の特養にはたまにそう言うバタバタしたことがことがあるそうです。


仕事柄、夫はその後もその特養に出入りし、施設長と話をすることがありますが、あの施設長は相変わらずの受け答えだそうです。


それでも父には有料老人ホームに戻れる選択肢が残っていました。

その選択することもできず、あの特養にすがる方も多いのです。その後は落ち着いた施設になっていると信じたいです。


あれから8年以上経って、今度は義父が別の特養にお世話になりましたが、私が見る限りは皆さんに良くしてくださいました。

(義母は一部の方に不満があるようでしたが)

手が足りなくて行き届かないところもあるのでしょうけれど、許容範囲でした。

もちろん怪我をさせられることもありませんでした。


こうして父の有料老人ホーム生活はまた始まりました。