こちらは過去のお話になります。
思い出しながら書いているので時間軸が前後する場合があります。
哲平が中学に入った頃、夫の弟が急逝しました。
まだ36歳でした。
死因は突然死。
あまりの突然なことで、義父母と夫のショックも大きく、葬儀の段取り等ほぼ私が仕切りました。
病院で亡くなったのではなかったので、経験したことのない……できれば経験したくないこともたくさん経験しました。
未婚で一人暮らしだったので、暮らしぶりもわからない義弟の残したもの全てを手続き……携帯の解約からキャッシング等の整理から、月極契約のあらゆるものの解約。分割払いして買っていたものの支払い。
全てを私が義父母同伴で連れて回りました。
わたしには情報開示がされないためです。
この時の私は、必死で義父母と夫を支えようと動いていました。
目の前のことを1つ1つ片付けていくしかありません。
仏壇も購入して、あとはお墓だけ……となりました。
幸い、わたしが以前からいいな……と思っていたところを義父母がとても気に入り、そこに決めました。
夫が私に、
お墓代の半分をうちが払いたいと思うんだけどいいかな……。
いずれ自分たちも入るお墓だし、元々わたしが気に入って探してきたお墓だったし、すぐ賛成しました。
数百万円単位のお金です。
我が家としては大きなお金です。
ですが、たった1人の弟を亡くして、兄として何もしてやれなかった…と言っていた夫だったので、
せめて、もうお墓を用意してあげることしかできない……と思ったようです。
そのことを義父母にも申し出ました。
するとまさかの……
いやいやいやそんなことをしてもらうわけにはいかない!
いづれ自分たちも入るし、もう弟にしてやれることがないから。
そーいうわけにはいかない。
そんなことをしたら大変なことになる。
首をブンブン振りながら反対しました。
夫も私もなぜこんなにガンとして拒むのか理解ができませんでした。
義父はというと、多分この時にはもう認知症が始まっていたのだと思うのですが、意見は全く言わず、他人事のように黙って聞いてました。
義母はダイニングの椅子に横を向いて私たちに背を向けて座り、とにかくお墓は自分たちのお金で買う!と言い張っていました。
夫はひるまず、義弟への思いを涙を流しながら語り、説得を続けて、最後本当に渋々義母は半額出すことを受け入れました。
墓を建てた人の名前は墓石に刻まれますが、夫はそこへは義父の名前だけを刻んで欲しいと言いました。
墓を建てた兄 と 親より先に墓に入った弟……というふうに亡くなってまで弟に肩身の狭い思いをさせたくない……という気持ちでした。
私もそれに異論はなかったので言葉を挟みませんでした。
話し合いが終わり、お茶を入れ直してほっと一息ついた時、義母が信じられない言葉を私に投げました。
椅子に横座りして私に背を向けながら半分振り返って言い放ったあの場面を私は今でも目に焼き付いています。
うたさん。これでもう離婚はできないわね。
この人はなにを言っているのだろう?
思考回路が止まりました。
うたさん。あなたの稼いだお金も入って〇〇家のお墓を建てるのだから、これでもう離婚はできないわね。
そういう意味だとわかるのに少し時間がかかりました。
あまりに理解不能なことを言ったので、夫も義母がなにを言っているのか分からず反論もできない状態でした。
私たちはもちろん夫婦仲も良く離婚の話なんて全くありません。
結婚して16年も経って、義弟の突然の他界から必死で動いてきた私に対してあんまりな言葉です。
嫁はいつまで経っても他人なんだとあらためて思い知らされました。
私はこの時のことを一生忘れないし、義母の根底に流れる物事の考え方も肝に銘じました。
この人には絶対心を許すまい。